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日本の色/若苗色わかなえいろ

にっぽんのいろ 2025.05.19

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染織家の吉岡更紗です。朱色、紅、古代紫、葡萄色、藍色、萌黄色…日本では様々な美しい色の名前がつけられてきました。今回は、「若苗色(わかなえいろ)」についてご紹介致します。

若苗色

私事ながら、4月、5月は出張などで、毎週のように新幹線に乗って京都と関東方面を往復する日々が続きました。車窓から景色を眺めるのが習慣となり、毎回それを見ながら季節のうつろいを感じる美しい時間になりました。特に4月下旬頃からは、関ヶ原や近江平野を通る際に田畑が手入れされるようになったり、田圃に水が張られていたり、その翌週には田植えを終えている様子を見ることができました。

植えられた苗は、瑞々しい「若苗色」と呼ばれる緑色をしています。苗代から田圃へ植え替えられて、やがてしっかりと根を張り、風に揺れる様子は、美しい日本の風景であるように感じます。初夏の光を受けて伸び行く稲苗の色を「苗色」と名付けられています。植えてすぐの早苗の彩である「若苗色」よりも、成長した苗の色は濃さを増してしっかりとした色相となります。

苗色

若苗色や苗色は、他の緑色と同様、1つの染料では緑を表せないため、色見本は、藍染で青く染めた後に、黄檗(きはだ)の黄色を染め重ねて表しています。異なる色合いを掛け合わせるという染色技法のため、黄味を強くしたり、青みがちにしたり、濃淡をつたけたりと様々なバリエーションの緑を生み出すということが可能なのですが、前々回にご紹介した若草色よりも、若苗色は青みの強い印象に仕上げています。

平安時代、稲を植え育てるのは農民でしたが、その田圃の様子を自然の景観のようにとらえ、貴族達の衣装の彩りに、移り変わる苗の色合いを取り入れることがありました。『源氏物語』宇治十帖「宿木」に若苗色という言葉が見られます。

『源氏物語』「宿木」若苗色

宇治十帖は、京都の東南、宇治が舞台となります。光源氏の息子である薫(実際は柏木と女三の宮の間に生まれた不義の子)は、時折宇治に通い、ある姉妹に巡り合います。姉の大君に惹かれる薫でしたが、結ばれることなく、大君は亡くなってしまいます。今上帝と明石中宮の息子である匂宮と薫は、よい香りの漂う貴公子というキャラクターで、よきライバルでもありました。匂宮は、大君の妹である中の君と結ばれています。大君が忘れられない薫は、匂宮の子を懐妊している中の君から、浮舟という異母妹がいることを告げられます。

旧暦の4月20日を過ぎたころ、賀茂祭(現代では葵祭とも呼ばれています。)の喧騒から離れて宇治にやってきた薫は、初瀬詣から戻ってきた一行に行き会い、そこで初めて浮舟の姿を垣間見るのです。

『源氏物語』「宿木」浮舟の衣装

浮舟は、頭の形や姿がほっそりして上品な様子が亡き大君を思い出されるようだと書かれています。また「濃き袿に、撫子とおぼしき細長、若苗色の小袿着たり」と衣装についても触れられていて、撫子の花が咲くにはまだ早い季節ですが、若苗色はまさしく季にあいたる季節にぴったりの装いをしていることがわかります。この出合いから浮舟をめぐる恋愛模様が描かれ、54帖にわたる『源氏物語』が結末となります。

写真提供:紫紅社

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吉岡更紗

染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。

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