季節は七十二侯「蚯蚓出(みみずいずる)」を迎えました。私はミミズをみると、ここは豊かな土壌なのだな、とうれしくなります。
「草も木も持ちたる性のままにしてよく育つるを真土といふ」―『会津歌農書』より
ミミズが土を耕すことは古くから知られていたようで、日本では「自然の鍬(くわ)」といわれてきました。生物学に精通していた古代ギリシャのアリストテレスはミミズを「大地の腸」と名づけていました。英語名はearthworm。「地球の虫」です。
進化論で知られるダーウィンは晩年のすべてをミミズの研究に捧げ、ミミズがいかにして土壌を作るかを長年にわたって観察し、無機質な石の上にミミズを飼って数年もすると何センチも土ができていくことを確認しました。
春に孵化するミミズは夏に活動期を迎えるため、この季節の七十二候にあげられています。雨の後などに道路に出てくることがあり、ぼやぼやしていると鳥に見つけられて、食べられてしまうミミズさん。
ミミズは腐葉土を食べ、窒素やリンを含んだ栄養豊富な糞を排出しています。その糞は小さな微生物たちの格好の住処となり、さらに分解されていき、肥沃な土を作ります。
かつて地球には海と岩とわずかな砂地だけがありました。そして最初に海から陸に上がった原始植物が出現し、岩の隙間に最初の根をはったと考えられています。その植物の死骸が次第に積み重なって岩の上に土を作り、その土の上に少しずつ他の植物が誕生していき、長い年月をかけて緑の大地が作られたのだそうです。健康な土には1グラム中に1億もの微生物がいるといわれています。そもそも土はさまざまな植物や動物たちの亡骸。命のリレーが積み重なってできたものであり、土は命の塊です。
土の中の小さな虫や微生物たちは腐葉土や動物の死骸を分解し、冬の間も土を作り続けてくれています。植物の根はミクロな世界で分解された栄養分だけを吸収し、微細根には必要なものを取捨選択する能力があるのだそうです。
その神秘のメカニズムはよくわかっていませんが、土と植物の命のリレーは4億年前から続いている奇跡の循環システムです。自然界に、本来廃棄物は存在しません。すべてのものは土から生まれ、土に還ります。土に還ることのない土は痩せてしまうということになります。本来の姿はただ循環があるのみです。
またミミズ自身が動き回ることによって、土中にはしっかり酸素がゆきわたり、通気性や透水性がもたらされます。鍬を入れなくても、ふかふかの土を作ってくれるミミズの効果は絶大。昔の人はそのことをよく知っていたのでしょう。
ところで武蔵野で育った私は小学生の頃、なぜか雑木林を歩いていたカメを拾ってきて、庭の小さな池で飼っていたことがあります。
カメは毎年庭の隅で冬眠し、春になるとまた地上に出てきては池に浸かって過ごし、毎年どんどん大きくなっていきました。最後にはあまりに大きくなったので、大きな庭に錦鯉を飼う邸宅にもらってもらいました。何年後だったか見にいくと、池の主のように驚くほど巨大なカメになって悠然と泳いでいるのをみたのが最後の記憶で、よい思い出になっています。
当時は庭の土をちょっと掘ればミミズがすぐに見つかるので、私はよくミミズを見つけて、割り箸でつまんでカメにあげていました。今ではなつかしい思い出ですが、この土は武蔵野台地特有の黒ぼく土で、植物の育成や畑に適した団粒構造のやわらかい黒土です。それが豊かな土であったことを知ったのはもう大人になってからでした。ミミズが住めるのは豊かさの証でした。
ミミズは自然の鍬。大地を耕し、微生物が豊富な土を作るための縁の下の力持ちです。気持ち悪いと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、もしミミズをみかけたら、どうかその役目を思い、太古の時代から連綿と続く長い長い土の物語を感じてみてください。
文責・高月美樹
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