立春の日を明快に示したこの歌は、七十二候の第一候「東風解凍(はるかぜこおりをとく)」がダイレクトに表現された歌として、よく知られています。
東風は風の吹く方向ではなく、春風の総称です。春は陰陽五行で東を司るため、東風といえば、春の代名詞。次々に吹く春の風が、凍土を解かし始めます。
七十二候では東風と書いて「はるかぜ」と読むことになっていますが、一般的には「こち」と呼びます。東風にはたくさんの子季語があり、春のさまざまな事象と組み合わせて、そこに広がっている情景をこまやかに伝えることができます。
たとえば高東風(たかごち)といえば、早春に空高く吹きわたるすがすがしい風のこと。深呼吸したくなるような風です。
真っ赤な椿が咲いている日は椿東風(つばきごち)、桜が咲いたら桜東風(さくらごち)。ひばりが鳴く日の風は、雲雀東風(ひばりごち)。サワラ漁が始まったら鰆東風(さわらごち)、ブリの幼魚が漁れる日のいなだ東風。
いかがでしょうか。たちまちに情景や匂いが浮かんできますよね。
さらに時間や強さの違いでも、こまやかに表現することができます。朝に吹いたら朝東風(あさごち)、夕方に吹けば夕東風(ゆうごち)、吹き荒れるのは荒東風(あらごち)、強東風(つよごち)。雨混じりの雨東風(あめごち)。
そして正東風(まごち)といえば、本当に真東から吹く風です。このように東風は早春だけでなく、三春(初春、仲春、晩春)にわたって広く使われる季語です。
実際に春風の方向はさまざまで、日によって北風、西風、南風、いろんな方向から吹いています。春一番(はるいちばん)は冬から春への変わり目に初めて吹く強い南風、涅槃西風(ねはんにし)は旧暦二月十五日(3月の彼岸の頃)に吹くやわらかな西風。桜が咲く頃には春嵐(はるあらし)となり、桜を一気に散らします。
そして最後に。東風といえば、やはりこの和歌ですね。
道真を慕って、京都から大宰府へ、一晩で飛んでいったとされる飛梅(とびうめ)。現在も大宰府天満宮では御神木の白梅が有名ですが、じつは京都にあった梅は紅梅だったとか。どこで色が変わってしまったのでしょうか。
この写真は東京の羽根木公園、梅園の紅梅です。
大宰府から正式に寄贈された紅白の飛梅の、紅梅の方だそうです。なんとも美しい色ですね。ほのかな梅の香りを運ぶ風を、梅東風(うめごち)といいます。
これは文化文政期に生きたご先祖、高月虹器が残した生け花図です。
そこに添えられていた俳句は
これもまた「春といえば東風」、を前提にした一句でしょう。風があるのもよい、ないのもよい。梅を愛でる気持ちがよく表れていると思います。
そして、これはわが家のシンプルな白梅です。
春といえば、風。次から次に吹く風が木々を芽吹かせ、どんどん春を運んできます。ぜひ春立つけふから、東風(こち)の豊かなバリエーションを感じてみてください。
文責・高月美樹
高月美樹さんの『和暦日々是好日(2023年版)』
自然や環境に添った暮らしをめざす方々や日本人の風土に根ざした暮らしに関心を持って下さる方々に、「自然のリズムを感じるためのツールになれば」という思いから生まれました。
月の満ち欠けをベースに一年をめぐる和暦手帳は、立春に近い新月から始まります。
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