乃東(だいとう)はシソ科のウツボグサの古名です。漢方では夏枯草(かこそう)と呼ばれ、かつては夏バテ防止のお茶として飲まれた薬草。現在も腎臓、膀胱炎の漢方薬として使われています。近縁種の西洋ウツボグサもセルフヒール(Self-Heal)と呼ばれる薬草です。
梅雨の時期は青や紫の花が多くなりますが、ウツボグサもその一つです。小さな紫色の花が集まって咲き、円筒形の花穂の下から順番に咲いていきます。なので、花が花穂の下の方に咲いているか、上の方に咲いているかで咲き始めか、咲き終わりかがわかります。
真夏を迎えるころにはこの花穂が枯れ、すっかり褐色になって人の目につきやすかったため、七十二候に選ばれたのでしょう。夏枯草という名がついているので、枯れてしまうように思われますが、実際は枯れるわけではありません。走出枝で増える多年草なので、地に這うように小さな葉をたくさん広げて冬を越します。
ウツボグサの名前の由来
ウツボグサの名は弓矢を入れて腰に下げる靭(うつぼ)の形に似ていたことに由来します。室町時代の正式な靭は雨や露から保護するため、猪や熊などの毛皮で仕立ててあり、ちょうど植物の穂のような形をしていました。そのため空穂とも書きます。
生薬として使われている夏枯草の穂を見ると、この靭(うつぼ)によく似ており、茶色になった穂が毛羽立っていて、ちょうど毛皮のようにみえます。人間の作った矢入れが植物の穂に似ていたのでウツボ(空穂、靭)と呼ばれ、今度はそのウツボに似ているからと靭草の名がつくという、命名の歴史は面白いものですね。
季節を告げる花々
ところで、七十二候は動植物のほんの一部の情報にすぎず、季節の指標となる花は他にもたくさん存在します。お住まいの地域によって植生も、咲く花も異なりますので、ウツボグサだけに注目するのではなく、毎年目にしている身近な花に目をとめてみてください。
今回はうちの近所で今、咲いている花をいくつかご紹介します。
ムラサキツユクサ(紫露草)。三枚の花びらにシャープな長い葉。暑い日は萎みがちになり、曇りや雨の日によく咲いています。名前の通り、露が好きな花です。
ハタザオキキョウ(旗竿桔梗)はホタルブクロの仲間で、花蜂たちに人気があります。雨期が近づくと急に茎が長く伸び、びっしりと咲く濃い紫が目に染みます。
江戸時代から愛されてきたミヤコワスレ(都忘れ)。半日陰を好み、深い緑の葉とうす紫の花はしっとりとした雨がよく似合います。
ハンショウヅル(半鐘蔓)はクレマチスの仲間。妖精のベルのようなかわいらしい形です。
近年、市街地でよく咲いているヤナギハナガサ(柳花笠)。細い茎を伸ばしてぽん、ぽんと咲くボウル状の花序で、根元にある柳のような細い葉が目印です。
ミツバチが身体中、花粉まみれになって耽溺していたのはストケシア。和名はルリギク(瑠璃菊)。
ハゼラン(爆蘭)。名前の通り、ポンポンとはぜるように咲く愛らしい花。花火のように見えるので花火草、午後に咲くので三時草、星月草などの別名があります。
最後は路上のネジバナです。どこから種が飛んできたのか、毎年この場所に一本咲きします。今年も咲いたかなと見に行きました。この花が咲くといよいよ夏という感じがします。
ご近所に咲いている花はありましたでしょうか。梅が咲いたのを見て春の訪れを知ることを「梅暦」といいますが、人それぞれに出会いや発見があり、その瞬間こそが本当の季節の訪れです。単なる知識ではなく、実感として日々の暮らしの中に自分なりの「時の節目」を見つけてください。身近なものが、その人にとって毎年見ることができる季節の指標になります。今年は早いな、遅いなということも自然に見えてくるかと思います。
文責・高月美樹
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