虫の語源
季節はいよいよ啓蟄に入りました。梅は満開になり、小さな草花たちも一気に咲き揃い、ミツバチを始め、さまざまな虫たちがやってきています。
七十二候の春と秋に二回、登場する「蟄虫(冬ごもりする虫)」には「虫だけでなく、カエルやトカゲも含みます」と解説がされていることが多いのですが、本来、虫という字はヘビを始めとする両生類や、爬虫類をさしていました。
元々、虫という字はヘビを表す象形文字でした。マムシは「真虫」が語源です。そこから次第に範囲が広がって、爬虫類や両生類をさすようになったそうです。
両生類はカエル、イモリ、サンショウウオなど。爬虫理はヘビ、カメ、トカゲ、ヤモリなどです。さらに時代が下ると、エビ、カニ、ハマグリ、シジミ、サソリなど、鳥でも獣でも魚でもない小動物をさすようになりました。
漢字で書くと、蛇、蝮、蛙、蜥蜴、蝦、蟹、蛤、蜆、蠍。いずれも虫偏がつきます。虹は空の自然現象ですが、空を貫く大蛇が龍に変わるときの姿と考えられていたので、やはり虫がついています。
では甲虫などの小さな虫はどう表していたのかというと、蟲(ちゅう)という字が使われていました。それが長い年月を経て簡略化されてしまい、ムシは虫の方が一般的になってしまった、というわけです。
蠢く
蠢(うごめ)くという字は「春」の下に虫が二つ。これはまさにムシたちがまだ蟲だった頃の名残を感じさせる言葉です。春を感じた小さな蟲たちがもぞもぞと動き回っている様子で、まさに啓蟄を表す動詞ですね。
あたたかい日は草木も虫もすべてが活気づき、はっきりと目にはみえなくても、土中の虫や微生物など、数多の命が躍動しているような気配を感じます。
さらに「蠢動含霊(しゅんどうがんれい)」というと、生きとしいけるものすべての意となり、霊性を持つ草木や動物、人間を含むすべてをさします。私たちの心もむずむずと反応し、共にひとつとなって命の喜びを感じているような気がいたします。
地虫穴を出づ
蟄虫啓戸。穴を出ることをいう季語はたくさんあります。「地虫穴を出づ」という場合は小さな蟲だけでなく、ヘビやトカゲ、カエルなども虫の総称として含んでいます。この季節になると田んぼの畔や土手では、あちこちに不思議なくらいいろんな穴が開いています。ヘビなのか、カエルなのか、抜け殻となった穴の主が誰だったのかはもうわかりませんが、ここで眠っていたのだなと思うと、穴さえも愛おしく感じる春の景です。
地虫穴を出づ、蛇穴を出づ、蜥蜴穴を出づ、蟻穴を出づなど。蟾(ひき)穴を出づは、ヒキガエルが穴を出てきて活動を始めることです。ヒキガエルはまだ寒いうちに出てきて交尾を終えると、また土にもぐりこんで二度寝していることもあります。
文責・高月美樹
写真提供:高月美樹
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