こんにちは、俳人の森乃おとです。
今回は、万葉の時代から愛されている花、ナデシコ(撫子)をご紹介します。
ナデシコの清楚な姿には、愛する人の面影が重なります。その名前は、撫でるようにして可愛がった子、つまり「撫でし子」に由来するとされています。
正式な和名は「カワラナデシコ」。「ナデシコ」や「ヤマトナデシコ」はその別名です。花期が長いので、古代には「常夏」(とこなつ)とも呼ばれました。
本州や四国、九州の日当たりのよい河原や草地に生育。根元から多くの茎を出し、7~10月に薄桃、あるいは白い花をつけます。花弁は5枚で、先の方が裂けて糸のようになり、より可愛らしさを増しています。
学名はDianthus superbusディアントゥス・スペルブス。属名のディアントゥスは「神の花」、スペルブスは「卓越した」という意味です。
ナデシコは秋の七草のひとつ
「秋の七草」という言葉は、奈良時代に編まれた万葉集の山上憶良の歌から生まれました。
萩(はぎ)の花 尾花(おばな) 葛花(くずはな) 撫子(なでしこ)の花 女郎花(おみなえし) また藤袴(ふじばかま) 朝貌(あさがお)の花
秋を代表する七種の花は、ハギ,オバナ(ススキ),クズ,ナデシコ,オミナエシ,フジバカマ,アサガオ。このうち「朝顔の花」は現在のアサガオではなく、キキョウを指すというのが通説です。
「春の七草」は、新春を寿ぎ食する若菜ですが、「秋の七草」は見た目の美しさを基準に選ばれています。万葉集には、この歌を含め、ナデシコを詠んだ歌が26首も収録されています。
作者は不詳ですが、歌の意味は「野原を見ると、ナデシコの花が一面に咲いている。待ち焦がれていた秋が近づいてきたようだ」。
ナデシコが秋の到来を告げる花だったことがわかります。
「やまとなでしこ」の名前が生まれた理由
平安時代には、中国からカラフルなナデシコが入ってきて、「唐撫子(からなでしこ)」と呼ばれました。それと区別するためカワラナデシコは、日本のナデシコという意味で「大和撫子(やまとなでしこ)」と呼ばれるようになりました。
清少納言は「草の花ではナデシコがよい。唐撫子のよさについては言うまでもないが、大和撫子も大変美しい」と記しています。
紫式部も「源氏物語」で、唐撫子と大和撫子が一緒に植えられている情景を描いています。この時代には、渡来したナデシコと、日本のナデシコの2種を並べて植え、それぞれの美しさを見比べて楽しむことが流行ったようです。
ところが、時代が下ると、「唐撫子」は中国名の「石竹(セキチク)」で呼ぶことが一般的になります。すると「大和撫子」の方も、わざわざ区別する必要がなくなったので、次第に使われなくなります。
再び「大和撫子」が脚光を浴びたのは、戦時色の濃くなる昭和の時代に入ってから。日本女性の理想像を示す言葉として盛んに使われました。
花言葉は「大胆」「純愛」「貞節」
ナデシコ全般の花言葉は、「大胆」「純愛」「貞節」。ピンクの花は「純粋な愛」。赤い八重咲の花は「純粋で燃えるような愛」。白い花は「器用」「才能」です。
さて、江戸時代にはナデシコ園芸が大流行しました。俳人小林一茶も、ナデシコをこよなく愛した一人です。
後の句は「露のようにはかない世に、露を帯びてナデシコが咲いている。可愛らしいナデシコが」という意でしょうか。小さな命に向けられた一茶の優しい眼差しが伝わってきます。
ちなみに、母の日の贈り物に使われる「カーネーション」もナデシコ属の花です。「オランダナデシコ」とも呼ばれます。
カワラナデシコ(河原撫子)
学名Dianthus superbus
英名dianthus
ナデシコ科ナデシコ属の多年草。別名ナデシコ、ヤマトナデシコ、常夏。本州以西の日当たりのよい土地に生育。朝鮮、中国、台湾にも分布。茎の高さは30~80cm。花期は7~10月。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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