こんにちは。俳人の森乃おとです。
日本の春を代表する草の花といえば、スミレとタンポポ、それにレンゲソウを挙げる人も多いでしょう。このうちレンゲソウは、めっきり目にする機会が減りました。赤紫色の花が一面に広がり、春の風物詩となっていたレンゲ田が作られなくなったためです。
稲作と深く結び付いた花
レンゲソウはマメ科ゲンゲ属の越年草で、中国が原産。日本に渡来したのはそう昔ではなく、江戸時代初期の17世紀頃と推定されています。
レンゲソウという名前は、日本で付けられました。花の色と、8個ほどの小さな蝶形の花が輪状に並んだ形が、ハスの花(蓮華)に似ているからです。
稲作と結び付いて、全国に広がったのは、明治時代になってから。
稲刈りが終わり、水を抜いた田んぼに種を撒くとすぐに発芽し、茎が地面を這って一面に広がります。これが、レンゲ田やレンゲ野などと呼ばれます。
茎の高さは10~25cmほどですが、長さは1mを超えることも。葉は7~11枚の1㎝ほどの小葉に分かれ、翌年の4~5月ごろに花が咲きます。
マメ科植物は、根にバクテリアが共生して根瘤(こんりゅう)という粒ができます。そこで空気中の窒素を固定して、養分を作ります。そのため、レンゲソウを田植え前に花ごと地面にすき込むと、稲がよく育ちます。これを緑肥といいます。
レンゲソウに変えられた少女
ギリシア神話にはレンゲソウの変身譚があります。妹を連れて花を摘んでいた姉が、レンゲソウを折ると、赤い血が流れ出ました。そのレンゲソウはニンフが変身していたものだったのです。姉は神罰でレンゲソウに姿を変えられながら、「花はみな女神が姿を変えたもの。もう花は摘まないで」と妹に言い残したそうです。
レンゲソウの茎の中には、バクテリアに酸素を供給するため、血液のヘモグロビンに似た物質が循環しています。ここから生まれた神話です。
「紫雲英(シウンエイ)」は中国名
レンゲソウは「ゲンゲ」と呼ばれることもあり、こちらの方が標準和名とされています。この名前の由来は不明。時に「ゲンゲン」とも。
標準和名とは、一番よく使われている和名のこと。しかし、有名な唱歌の『春の小川』でも、小川が「咲けよ咲けよ」とささやきかける相手は「岸のすみれや れんげの花」。
「ゲンゲ」や「ゲンゲン」は俳句の世界以外ではあまり使われません。今では、標準和名は「レンゲソウ」と考えてもよいでしょう。
中国名は「紫雲英(シウンエイ)」。「紫雲」は、赤紫色のレンゲ田が雲のように広がる光景を、「英」は中央が窪んだ輪状の花を指します。タンポポ(蒲公英)の名前にも使われている字です。
レンゲが群生する光景の神々しさを詠んだのは、夭逝した昭和前期の俳人・片山桃史。
まぶしいほどに美しいレンゲ田が激減したのは、化学肥料の使用と、稲の品種改良によって田植え時期が早まり、レンゲソウの生活サイクルとの間にずれが生じたためです。
江戸時代にはまだ、レンゲソウを詠んだ俳句があまり見当たりません。例外は、江戸中期の俳人・滝野瓢水(たきの・ひょうすい)が詠んだ
くらいでしょうか。遊女を身請けしようとした友人を諌(いさ)めた句で、俳句というよりは、名格言として知られています。
花言葉は「あなたと一緒なら苦痛がやわらぐ」
レンゲソウは大変柔らかな草で、花も葉も食べられます。また最上級の蜂蜜が採れます。民間薬としても利用され、そこから「あなたと一緒なら苦痛がやわらぐ」という花言葉が生まれました。
レンゲソウの花は赤紫色ですが、まれに白い花もあります。放浪の俳人・種田山頭火(たねだ・さんとうか)が
と詠んでいます。
白いレンゲソウとの出会いは、山頭火が抱えていた人生の苦痛をもやわらげてくれたことでしょう。
レンゲソウ(蓮華草)
学名Astragalus sinicus
英語名Chinese milk vetch
中国名 紫雲英
別名 レンゲ、ゲンゲ、ゲンゲン
マメ科シャジクソウ属。中国原産。4~5月に赤紫色の蝶形の小花の集まりを輪状につける。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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