こんにちは。俳人の森乃おとです。
新春とはいえども、まだまだ厳しい寒さが続いています。そんな季節に芳香を放つ黄金色の花を群れ咲かせ、私たちを幸福な気持ちにさせてくれる木があります。春を迎える花、「迎春花」として愛されてきたロウバイ(蠟梅)です。
江戸時代に中国から渡来
ロウバイは、ロウバイ科ロウバイ属の落葉低木です。花期は12月から2月。ロウバイ属の学名は「Chimonanthus(チモナンサス)」で、「冬の花」という意味です。
他の花に先駆けて咲くので、中国ではウメ、サザンカ、スイセンと合わせて「雪中の四友(せっちゅうのしゆう)」と呼ばれ、文人画の画題とされました。
葉が大きく、秋にきれいに黄葉するので、花が咲いてもしばらくは見分けがつきません。なぜ名前に「梅」という文字が入っているのかは、葉がすっかり落ちてしまうとわかります。裸の小枝に直接花がついた様子が、梅の木によく似ています。
「蠟梅」という名の由来は、艶やかな花が蝋細工(ろうざいく)のようだから。また、「臘梅」という表記もあり、臘月(ろうげつ=旧暦の12月)に咲くためとされています。
ロウバイは江戸時代前期に中国から渡来しました。そのため「唐梅」(からうめ)、「南京梅」(なんきんうめ)とも呼ばれます。
江戸時代の植物学者・貝原益軒は『花譜』(1694年)の中で「この花近年唐より来にしや。いにしえには是(これ)ある事をきかず。今も世人あまねくしらず(この花は近年中国から来たのだろうか。昔はこの花のことを聞かなかった。現在も世間の人みんなが知っているわけではない)」と記しています。17世紀の末でも、まだ一般には知られていない木だったようです。
ところでウメの花びらの数は5枚と決まっていますが、ロウバイの花びらの数は10枚前後で、不ぞろいです。若い花は、小さな二枚貝を重ねたように丸まっていますが、日にちが経つと細長く伸び、半透明になります。貝原益軒は、『大和本草』(1709年)では、「花ノ容(かたち)ハ不好(よからず)」などと書いています。花の形がきっちりしていないことが、気に入らなかったようです。
蠟梅や 雪うち透(す)かす 枝の丈(たけ) 芥川龍之介
芥川龍之介の有名な俳句です。芥川にとってロウバイは特別な花でした。1925年(大正14年)に、『蠟梅』というタイトルの短いエッセーを書いています。
芥川家は代々徳川将軍家の奥坊主(茶室を管理し、お茶の接待をする仕事)を務めた幕臣でした。
「わが裏庭の垣のほとりに一株の蠟梅あり。ことしも亦(また)筑波おろしの寒きに琥珀(こはく)に似たる数朶(すうだ)の花をつづりぬ」と、裏庭にあるロウバイの木への愛を語ります。明治維新によって没落し、家財を売り払った後に、このロウバイだけが子孫に残されたのです。文章の結びは、上に掲げた一句。ロウバイの透明感、さらには無常感が見事に詠まれています。
明治の文豪・夏目漱石もロウバイを愛しました。1909年(明治42年)刊行の短編集『永日小品』には、ロウバイが登場する『懸物』という作品があります。
妻を亡くした老人が、石碑を立ててやりたいと思い、お金がないので先祖伝来の懸け物を売ることにしました。最後にもう一度見せてもらいに行くと、「四畳半の茶座敷にひっそりと懸かっていて、その前には透き徹るような蠟梅が活けてあった」という話です。
蠟梅の 老いさびし香の ほのぼのと わが枕べを 清くあらしむ
ロウバイをこよなく愛した歌人・窪田空穂(くぼた・うつほ)の短歌です。
ロウバイの花は、匂いが良いことでも知られています。「蘭(ラン)の香ニ似タル」とは貝原益軒の言葉。バラやジャスミン、ジンチョウゲなどいろいろな花を合わせたような、強い芳香があります。そのため英語名はwintersweet(ウィンター・スウィート)」あるいは「Japanese allspice(ジャパニーズ・オールスパイス)」です。
ロウバイの花言葉は「ゆかしさ」「慈しみ」「先導」「先見」。初めの2つは花の雰囲気から、後は他の花に先駆けて咲くことが由来です。
ロウバイ(蝋梅、蠟梅)
学名Chimonanthus praecox
英語名 winter sweet, Japanese allspice
ロウバイ科ロウバイ属の落葉樹。中国原産で、高さは4mほど。12月から2月にかけ、黄色い小さな花をやや下向きにつける。花の中心部は暗紫色。ソシンロウバイ(素心蠟梅)などの改良種は、中心部も黄色。別名はカラウメ(唐梅)、ナンキンウメ(南京梅)
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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