料理人の川口屋薫です。
今日は一粒万倍日。この日に蒔いた籾が万倍にもなって実ることから、縁起のいい日です。
新しいことを始めるのにぴったりな日に、「蒔く」「新しい」これらの言葉と重なるような、旬を味わう「新蕎麦」のお話です。
新蕎麦は夏と秋の2回あります。
春に種蒔き、夏に収穫したもの。夏に種蒔き、秋に収穫したもの。それぞれ「夏新」「秋新」と呼ばれています。
あまり馴染みのない言葉ですが、爽やかさを感じ、新物に惹かれる心をくすぐります。
今の新蕎麦は秋新です。
収穫は北海道から始まり、東北、関東と南下していき九州の熊本、宮崎、そして鹿児島までリレー式に収穫していきます。
日本の細長い地形のおかげで、気候風土が異なり、新蕎麦は早くて9月、遅くて12月までリレーしながら、長く楽しむことができる食べ物です。
私は、新蕎麦の産地に比べて味わえる機会が少ない大阪に住んでいますが、探して見つけたお蕎麦屋さんに行ってきました。
「新蕎麦」の貼り紙に、「北海道旭川江丹別(えたんべつ)産。そばヌーボーをお楽しみください」と書かれています。ふふっと笑い、暖簾をくぐりました。
注文して5分も経たない内に、もりそばが目の前に。
新蕎麦ならではの淡い緑色。
口から鼻に抜ける香りの余韻。
蕎麦の味を知っているとは言えないのですが、蕎麦の風味を噛みながら、爽やかさを感じ、味わいました。
さらに、最後に出される蕎麦湯でとても温まりました。
蕎麦は、茹でることで蕎麦に含まれる植物性タンパク質、その他の栄養素が溶けてしまいます。
蕎麦のタンパク質は私達の体からは作ることのできない必須アミノ酸を含み、疲労回復、集中力を高めるリジン、毛細血管を強化したり、血圧を下げるルチンなどが含まれています。これらは実は、蕎麦湯から摂ることができて、身体にも良いです。
この習慣は江戸時代からとも言われています。
江戸と言えば、蕎麦。粋な食べ物。そんなイメージを持たれる方は多いと思います。
「蕎麦切り」と呼ばれる、細長い麺の形になったのは、江戸時代。朝鮮半島から持ち帰った、小麦粉と混ぜる技法をお坊さんが伝えからだと言われています。それまでは、蕎麦がきのように、蕎麦粉を団子状に丸めたものでした。
蕎麦は、包丁や醤油をつくる技術や製法の向上と重なり、江戸時代に大人気になりました。1818年〜1831年の文政の頃には、屋台も含めて蕎麦屋が江戸に3,000件もあったそうです。そのため、ライバル競争か激しくなり、引札、報條(現在でいうチラシ)を配布するようになりました。言葉や絵を一流の劇作家や浮世絵師に頼んでいたそうです。
蕎麦が描かれた浮世絵が、広告宣伝の媒体になっていたとは。
また、蕎麦の花は夏の季語、新蕎麦は秋の季語として沢山俳句が詠まれてきました。
それではここで、暦生活のお月くんに合わせて、一句。
三日月に地はおぼろなり蕎麦の花
松尾芭蕉
三日月の淡い月明かりに照らされた、畑に広がる蕎麦の白い花の美しさを詠んだ歌です。
時そばで有名な落語など、食文化だけでなく様々な文化で花開いた蕎麦。
蕎麦は痩せた土地でも出来る作物として、稲作が不向きな山間部や火山灰を多く含む土地に植えられました。また、夏に稲の生育が悪ければ、すぐに蕎麦を植えるなどして飢饉をしのいだ貴重な穀物だったそうです。
その時に咲き誇る白い花は、見るひとを元気づけたような気がします。
新蕎麦で、粋な旬の楽しみを味わっていただけますように。
川口屋薫
料理人
Le btagev(ルブタジベ)代表。大阪出身。料理人。珍しいやさいの定期便をしています。風薫る季節5月が過ごしやすくて一番好きです。イタリア在住中、ヨーロッパ野菜に恋し、日本の野菜が恋しくなったのをきっかけに野菜に関わる仕事をしています。 趣味 囲碁
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