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ほうれん草

旬のもの 2021.11.15

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こんにちは、料理人の庄本彩美です。吹く風が冷たくなってきて、冬の気配が近づいてきました。今日は「ほうれん草」についてのお話です。

写真提供:五十嵐邦之

畑のある家で育つと「子どもの頃に、もう一生分食べ切ったかも…」と思える野菜や果物がいくつかある。私にとって、その一つが「ほうれん草」だ。

寒くなると、実家の食卓には必ずほうれん草が並んでいた。
調理方法は、もっぱら茹でたものばかりで、炒めものなどが食卓に並ぶことはほぼなかった。

写真提供:五十嵐邦之

茹でたほうれん草は、三食では食べきれず、「はえらず」(おそらくハエ入らずの訛り。食卓を保存する家具のことを言う)と呼ばれた、食器や食べ物の戸棚にいつも入れられていた。

私は、小腹が空いたらその「はえらず」から皿を取り出し、お菓子代わりに食べていた。そして、ほうれん草の葉には、母が水気を絞ったときについた指の跡が残っていた。それに沿って、うねうねとマヨネーズをかけ、箸でほうれん草の塊をほぐしながら食べる。深い緑色のコクと、独特のえぐみを和らげてくれるマヨネーズが満足感を与えてくれた。

写真提供:五十嵐邦之

「ほうれん草は根の部分も美味しいよ」と母は言っていた気がする。
ほうれん草は、根元が赤い。この色があるものが甘い証拠だと思っていたが、どうやらそういう訳ではないらしい。

ほうれん草は、丈が短くて丸っこい西洋種や、葉の尖っている東洋種がある。更に両方の良いところを掛け合わせた交雑種など、多くの品種が出回っている。
西洋種は夏場、東洋種は冬に強く、東洋種は赤い茎であることが多い。赤い=甘いと認識されることも多いが、色と糖度は必ずしも比例するわけではなく、 ほうれん草は「寒締め」といって寒さに晒すことで甘みが強くなっているのだ。

店でほうれん草を探すと、家で見ていたものとは様子の違うものに出会うことが多い。現在は収穫量の多い交雑種が人気らしい。

先日初めて買ってみたのは、赤軸ほうれん草だ。
根元だけが赤いのではなく、茎まで赤いという常識をひっくり返した佇まいで、思わず手に取ってしまった。他のものより、えぐみやアクが少なく、生でも食べられるという。いつもの習慣で湯がいてみたが、柔らかい葉は口当たりがよく、また綺麗な赤色が美しく映えていた。
若取りされたものは、ベビーリーフにも入っているので、実は食べたことがある人も多いだろう。

写真提供:庄本彩美

子どもの頃に美味しいほうれん草を沢山食べて、満足しきっていたのだが、数年前より旬の時期がくると積極的に食べるようになっている。それは、調理方法を変えることで、ほうれん草の味わいがぐっと変化することを知ったからだ。

その一つが「絞りすぎないこと」である。
湯がいたものはきっちり水分を取り切るべき、水分が残ると味付けを邪魔すると思っていた。しかし90%以上が水分だと言われるほうれん草は、適度に水分が残っていることで、その瑞々しさを感じることができる。また絞りすぎないことで、余計なストレスを与えず、えぐみがなく茎の立体感や葉の柔らかさを感じる仕上がりになる。

私はほうれん草自体のコンディションに加え、そのまますぐにいただくのか、お弁当に入れるのかなどを考慮した上で、調理方法を調整するようにしている。

写真提供:五十嵐邦之

ほうれん草の湯がきかたで調べると、多くの方法が出てくる。柔らかで繊細なほうれん草をどうやって活かすかに焦点を当て、あの手この手でアプローチをしている。そこには人々の「美味しくいただきたい」という食への探究心が感じられ、見ていて飽きない。

写真提供:五十嵐邦之

一生分食べたと思っていた、ほうれん草。品種や料理方法も奥深く、食べ切ったと思うには、まだ早かったようだ。
とはいえ、実家に帰った時には、母の指の跡がしっかりついたほうれん草が食卓に並んでいて欲しいな…と思うのは、記憶を辿って母の味をいただきたいからなのだろう。

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庄本彩美

料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。

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