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スイセン

旬のもの 2022.02.06

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こんにちは。俳人の森乃おとです。
厳しい寒さに耐えて芳しい花を咲かせ、春の訪れを告げる花として古くから愛されてきたスイセン(水仙)。すんなりとした茎を伸ばし、群れとなっていっせいに風に揺れるスイセンは、あたかも妖精たちが舞い降りてきたようにも思えます。

「雪中四友」(せっちゅうのしゆう)

まだ雪が残る早春の季節に咲く4つの花を、中国では「雪中四友」と呼びます。「梅(ウメ)」「蝋梅(ロウバイ)」「山茶花(サザンカ)」と「水仙(スイセン)」で、いずれも良い香りを放ち、文人たちが好んで絵に描きました。

「水仙」の名は「仙人は、天にあるを天仙、地にあるを地仙、水にあるを水仙」という古典に由来します。水辺を好み、毎年同じ場所に姿を現し、仙人のように長命に見えることから名付けられたのでしょう。
原産地は地中海沿岸地方とされますが、中国にはかなり古い時代に伝わっていたようです。

白い房咲きの日本水仙(ニホンズイセン)

スイセンはヒガンバナ科スイセン属の球根植物の総称。スイセンには、1本の花茎に1個の大きな花をつける系統と、花茎が先端で枝分かれし、数個の花を同時に咲かせる房咲きの系統があります。日本で普通に見られるニホンズイセン(日本水仙)は、房咲きタイプで、1~4月の早い時期に2~8個の愛らしい白い花を咲かせます。

花びらの数は6枚に見えますが、外側3枚は萼(がく)が変化したもので、内側の3枚が本当の花弁です。萼と花弁を併せて花被(かひ)と呼びます。花被の内側にはさらに、小さなコーヒーカップのような構造があり、副花冠(かかん)と呼ばれます。中には6本の雄しべと1本の雌しべがあり、強い芳香があります。

学名は美少年ナルキッソスに由来

房咲き水仙の学名は Narcissus tazetta(ナルキッサス・タゼッタ)。属名はギリシャ神話の美少年ナルキッソスから。タゼッタはラテン語で「小さなカップ」の意味で、副花冠の形に由来します。

美少年ナルキッソスは、美貌を鼻にかけた高慢な性格でした。そのため彼を思慕するニンフのエコーを冷たくあしらいます。エコーは悲しみのあまり痩せ細り、声だけの木霊(こだま)となってしまいます。義憤に駆られた女神メネシスは、少年を泉のほとりに置き去りにして罰を与えます。ナルキッソスは、泉に映る自分の姿に恋焦がれ、ついにはうつむくスイセンの花に姿を変えたのだとか。

越前海岸に残る悲恋伝説

スイセンが日本の文献に登場するのは、意外に遅く、室町時代の1444年に刊行された国語辞典の『下学集』が初出。「水仙華、俗名雪中華」とあります。平安・鎌倉時代の勅撰和歌集には全く詠まれていません。また、独自の和名はなく中国名の音読を借用したままです。

スイセンが中国から日本に渡来した時期はそれほど早くなく、せいぜい室町時代の初め頃ということになりそうです。中国の海岸に生えていたスイセンが、海流に乗って漂着したのではないかという説も、近年では有力です。

ニホンズイセンは、福井県の越前海岸をはじめ、房総半島、紀伊半島、伊豆半島、淡路島など、各地の海岸沿いの温暖な地域に広く自生していますが、その一つの越前海岸には、スイセンの渡来時期と漂着を示唆するような悲恋伝説が残されています。

時は、1180年代初め。越前の豪族に2人の息子がいました。兄は木曽義仲の平家打倒の挙兵に参加。留守を預かる弟は、海岸に流れ着いた美しい娘を救います。京から帰ってきた兄は、娘に一目惚れし、兄弟は果し合いをすることに。仲が良かった兄弟が争うのを悲しんだ娘は、海に身を投げてしまいます。やがてその場所に、娘の生まれ変わりのような美しい花が流れ着き、毎年咲くようになりました。

其(そ)のにほひ 桃より白し 水仙花

俳聖・松尾芭蕉には、ニホンズイセンの清らかな白さを詠んだ句があります。視覚的な美しさと気高い香りが響き合います。

スイセン全般の花言葉は、ギリシャ神話の影響で「自己愛」「うぬ惚れ」など。一方で他の花よりも一足早く春を告げることから「希望」「尊敬」という花言葉も。そしてニホンズイセンのように白い花は「神秘」という花言葉が与えられています。

スイセン(水仙)

学名Narcissus
ニホンズイセンなど房咲きの種はNarcissus tazetta
英名Daffodil
ヒヤシンス科スイセン属の球根性多年草の総称。地中海沿岸地方原産。花期は12~4月。 全草有毒。葉はニラと間違えて食べられることがあるので十分な注意が必要。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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