「春の皿には苦味を盛れ」ということわざを聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。明治時代の医師で薬剤師であった石塚左玄も、その著書、『食物養生法』のなかで、「春苦味、夏は酢の物、秋辛味、冬は油と合点して食え。」 (春は苦み、夏は酸味、秋は辛味、冬は脂肪と季節ごとにできるものを食べよ)と説きました。
春は苦いものを食べるのが良いと昔から言われていますが、これはどういうことでしょう。
春の苦味といえば、山菜が思い浮かびます。うど、ふき、ふきのとう、タラの芽、つくし、ワラビ、たけのこ、クレソン、せり、ぜんまい、みつば、行者ニンニクなど、春に旬を迎えるこれらの山菜には、苦味のもとになるポリフェノールやミネラルが豊富に含まれています。これらは、新陳代謝を促進し、胃腸の働きを促し、不要物や脂肪の排出を助けます。
長い歴史の中で人類は冬の間、体温を逃さないように新陳代謝能力を低下させ、冬の寒さに耐えるため脂肪を蓄えるようになってきました。この仕組は、現代においても脈々と私達のなかで生き続けています。こうした冬の体質を春にむけて切り替えるために、苦味が役立つわけです。
苦味は冬仕様から春仕様の体にチェンジするきっかけを与えてくれます。
中医学的に見ると、苦味は五行の「心」に効くとされています。五臓の心は、六腑の「小腸」とも繋がっています。心の働きは、血液を循環させるポンプの役割と、精神を安定させる働きです。
六腑の小腸の機能は、胃でどろどろになった食物を体にとって必要なものとそうでないものとに分別する働きです。苦味を適度にとることは、精神を安定させ、血流を安定させ、胃腸の働きを安定させることになると、中医学では考えます。また、薬膳で考える苦味(くみ)は、体内に溜まっている不要な熱や水分を軽減し、気分の興奮を落ち着けてくれるものとされています。ただし、摂り過ぎると呼吸器系や肌、大腸などに影響し、不調の元になるとされます。
そして春は、五行の肝の季節で、肝は自律神経系を介した血流量の調整や、情緒の安定、筋肉の働き、目の働きなどを調整しています。春になってウキウキして、行動力が高まるのはとても良いことですが、ともするとウキウキはソワソワになったり、のぼせたり、イライラに変わってしがちになります。そういうときに熱を冷まし、落ち着けてくれる苦味は良いわけです。また、花粉症の症状の咽のかゆみ、目のかゆみなどにも苦味はおすすめです。
ただし、元気がない人、冷えやすい人、下痢が続いている人、吐き気がある人などでは、苦味を取りすぎるとそれらが悪化することもあるのでご注意ください。
春は伸びやかに育つ木々の様に、穏やかにゆるくのびのびと過ごすことが大切です。服装も髪型も言動もゆるくありましょう。ただし春は芽吹きの季節なので、活動の季節です。家の中にこもってばかりは不調のもと。うららかな春の日差しを存分に浴びて屋外で行動し、食事は山菜を適度に楽しむようにしてください。
櫻井大典
国際中医専門員・漢方専門家
北海道出身。好きな季節は、雪がふる冬。真っ白な世界、匂いも音も感じない世界が好きです。冬は雪があったほうが好きです。SNSにて日々発信される優しくわかりやすい養生情報は、これまでの漢方のイメージを払拭し、老若男女を問わず人気に。著書『まいにち漢方 体と心をいたわる365のコツ』 (ナツメ社)、『つぶやき養生』(幻冬舎)など。
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