こんにちは。俳人の森乃おとです。
満開を迎えたサクラと重なるように、ハクモクレン(白木蓮)が大きな花を開いています。華やかなサクラは、坂口安吾が『桜の森の満開の下』で描いたごとく、時に風景を冷たく感じさせます。それに対して純白のハクモクレンは、春の青空を温かいものに変えてくれます。ビロードのような厚みのある花びらの印象のせいでしょうか。
シモクレン(紫木蓮)とは別種
ハクモクレンはモクレン科モクレン属の落葉高木。一般的にモクレンと呼ばれる、紅紫色の花をつける木の和名はシモクレン(紫木蓮)で、同じモクレン属の落葉低木です。
同属なので近縁であることは間違いないのですが、植物学的には別種とされています。
ともに中国南部原産で、日本には平安時代の早期までに、薬用として渡来したと考えられています。つぼみを乾燥させたものは、「辛夷(しんい)」と呼ばれ、鼻の病の治療薬の材料とされました。
ハクモクレンの花期が3~4月に対して、シモクレンはやや遅く4~5月に開花します。樹高はハクモクレンが5~15mの高木なのに対し、シモクレンは3~5mと低木です。
また、花の構造もやや異なり、シモクレンは緑色の萼(がく)があり、花弁が6枚。ハクモクレンは萼が花弁と同じ姿に変化していて、花弁が9枚あるように見えます。
恐竜と同時代に生きた最古の被子植物
両種とも、葉を開く前に花をつけます。花径はいずれも15cmと大きく、レモンに似た良い香りがします。花の中心には緑色の雌しべ群があり、それをピンク色の雄しべ群がらせん状に取り巻いています。こうした構造は花弁の数が不安定なことと併せ、極めて原始的な特徴と考えられています。
モクレン科の植物はすべて木本になり、ユリノキ属のユリノキ(百合の木)はなんと樹高45m、モクレン属のタイサンボク(泰山木)は樹高30m、花径45cm、ホオノキ(朴の木)とコブシは樹高20mにもなります。
ユリノキなどのモクレン科植物の化石は、1億4500万~6600万年前の白亜紀の地層から見つかっています。美しい花をつける被子植物としては最古の存在で、恐竜と同じ時代に生きていたことになります。
背が高く、大ぶりの花をつけるのも、恐竜時代の名残なのかもしれません。
「木蓮の花ばかりなる空を瞻(み)る」――夏目漱石『草枕』より
明治の文豪・夏目漱石は、熊本の旧制五高の教師時代に訪れた玉名市の小天温泉で、自由民権運動家・前田案山子の次女・前田卓(まえだ・つな)に出会い、強く惹かれます。漱石は、彼女をヒロイン・那美のモデルにして小説『草枕』(1906年)を発表しました。
「花の色は無論純白ではない」「極度の白きをわざと避けて、あたたかみのある淡黄に、奥床しくも自らを卑下している」。
漱石は小説の中で、彼女のイメージを宿に咲いていたハクモクレンの印象と重ね合わせます。主人公である画家は「このおとなしい花が累々とどこまでも空裏に蔓(はびこ)る様」に圧倒されながら「眼に落つるのは花ばかりである。葉は一枚もない。」と語ります。
そして詠むのが「木蓮の花ばかりなる空を瞻(み)る」という句。
漱石が、モクレンの特徴とその魅力をよく捉えていることに、改めて感銘を受けます。
花言葉は「自然への愛」「荘厳」「崇高」
ハクモクレンやシモクレン、コブシなどモクレン属の植物は方向指標植物(コンパス・プラント)と呼ばれます。早春のツボミを見ると、尖った先がすべて北を向いていて、山中などでは磁石の針のように方位を知るのに役立ちます。これはツボミが大きくなる過程で、良く光が当たる南側が生長して膨らむためです。
また神戸市では阪神淡路大震災の犠牲者の鎮魂のため、建築家・安藤忠雄氏の提唱により、多くのハクモクレンが植樹されていることで知られています。
北原白秋の短歌です。「玉蘭」(ギョクラン)は、ハクモンレンの漢名。
内側から光を放つかのようなハクモクレンは、荘厳で崇高な祈りを感じさせる特別な花なのです。
ハクモクレン(白木蓮)
英名 lilytree
学名 Magnolia denudata
モクレン科モクレン属の落葉高木。中国南部原産で、日本には薬用として、平安時代の初期までに渡来。樹高5~15m、花期3~4月。街路樹や庭木として植えられる。別名は玉蘭(ギョクラン)、白蓮(ビャクレン)、白木蘭(ハクモクラン)など。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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