こんにちは、料理人の庄本彩美です。今日は豆腐の初物、「新豆腐」についてのおはなしです。
年中売られている豆腐ですが、豆腐には食卓の名脇役的なイメージがありませんか?
野菜や肉、魚とも違うその食感は、おかずのレパートリーを豊かにしてくれる。江戸時代には豆腐は身近な食べ物としての地位を築き、当時出版された『豆腐百珍(とうふひゃくちん)』というシリーズ本では合計278品もの豆腐のレシピがあったそうだ。シンプルだからこそ様々な調理法で愛されてきたのだろう。
豆腐に旬があるとは考えもしなかったが、実は1〜2月が旬なのだという。これは原材料の大豆を秋に収穫して貯蔵後に加工するため、冬から春にかけてになるようだ。
この新大豆を使って作られる豆腐を「新豆腐」といい、晩秋の季語となっている。
私は今まで新豆腐を見たことはないが、新豆腐を売るお店もあるようだ。
新大豆のみで作られる豆腐は、水分量が多く固めるのが難しいため、職人の技術が必要となってくるという。豆の青みがあり、香りや瑞々しさを楽しめるらしい。
日常的に食べている豆腐だが「好きな食べものは?」と聞かれても、脇役のイメージからか、私はすぐに頭に浮かばない。しかし「新豆腐」と聞くと、とても美味しそうな響きで、心が躍る気がするのは、きっと私だけではないはずだ。
「どうやって食べるのが良いだろうか…。まずはその味を楽しむべく大きめに切って冷奴から…タレは醤油かポン酢?それとも…?」とみるみる想像が膨らみ始める。
これはどうやら、日本人は「初」や「新」と付くものが好きな「初物文化」によるところらしい。
先日私も、定食屋のお母さんに「初物のさんまの塩焼きがあるよ」と耳打ちされて無性に食べたくなり、さんま始めを終えたばかりだ。
初物とは、実りの時期に初めて収穫された農作物や、シーズンを迎え初めて獲れた魚介類などのこと。
この初物に特別な感情を抱くのには、日本人が「食べること」に対し、多面的に捉えてきたからだと考えられている。
まず、「初物七十五日」といって、初物には他の食べ物にはない力があり、食べると寿命がのび、縁起が良いとされていたという。これは中国の五行思想・五行説に基づく季節の区切りの考えかたや、種をまいてから収穫までの日数がおよそ75日であるからなど、諸説あるそうだ。
有名なのが「初鰹」である。勝負に「勝つ魚」で縁起が良く、食べると長生きできると江戸時代から珍重されていたという。「初鰹は女房子どもを質に置いてでも食え」と言われ、江戸市民は我先にと旬を先取りするべく買い求めたらしい。
粋を重んじ、値が高くなければ売り買いしないという江戸っ子の見栄っ張りは加速し、鰹以外の食材もとてつもない高値で売り買いされたという。ついに幕府は初物禁止令まで出すことになったというから、その熱狂ぶりはなんともすごい。
初物は旬の走りにあたる。いただくことで、新しい季節到来の喜びをいち早く感じることができるのも、初物に人気が集まりやすい理由の一つだろう。
また、昔から旬に合わせて季節の食材を食べることは、美味しいだけでなく、季節ごとの体調変化に応じ、体のバランスを整えてくれる作用を持っていると考えられていた。
春は苦味のある食材が多く代謝を促し冬の体を目覚めさせてくれる。夏野菜はほてった体を冷やし、秋の実りは冬を乗り越えるために体を肥やしてくれる。冬野菜は体を芯から温めてくれるというように、私たちの体が初物を欲していると考えられる。
新豆腐が出回る頃は、春に向けてエネルギーが必要となり代謝があがる。新豆腐の良質な植物性たんぱくを食べるのは理にかなっている。
このように美味しさや栄養分といった身体への作用だけでなく、それによって動かされ満たされる心にも目を向けていたのだ。
今の私たちもこのことを根底に知っているからこそ、日本人の「初物好き」として残り続けているのではないだろうか。
季節は端境期を終え、実りの秋となった。
秋が深まるころには、大豆の収穫がはじまる。いつでも当たり前に手に入る豆腐だからこそ、新豆腐に出会った時には、みずみずしい風が心に吹くだろう。
新豆腐の登場を心待ちにしながら、今しかない秋の旬を細やかに味わって過ごしていこうと思う。
庄本彩美
料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。
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