こんにちは。俳人の森乃おとです。
ススキは、日本の秋の情緒を代表する花だと言われています。熟すにつれ白銀色から金色に変わり、風に揺れる花穂は、枯れゆく前の命の華やぎと、寂寥感とを同時に感じさせてくれます。お月見には欠かせない植物で、花穂や長い葉が描く緩やかな弧と満月は、絶妙のハーモニーを奏でます。
ススキはイネ科ススキ属の多年草で、日本、中国、朝鮮半島、台湾が原産です。日当たりのよい山野に自生し、草丈は1~2mで、花期は8~10月。長さ20~30㎝ほどの総状花序を伸ばし、10数本の総(ふさ)の節ごとに、1対の小花からなる小穂(しょうすい)を多数つけます。
秋の七草では、ハギに次いで「尾花」として2番目に挙げられますが、ピンク色の可憐なハギの花よりも、一見地味なススキを愛でる声も多かったようです。『万葉集』には、「人は皆ハギが秋の花の代表だと言うが、私はススキの穂こそが秋の代表だと言おう」と主張する作者未詳の歌が収録されています。
種子は綿毛に包まれ、風に乗って飛んでいく
小花の一つは柄が短く、そのまま種子になります。柄が長い方の小花は果皮となり、芒(のぎ)と呼ばれる突起を持ちます。芒は熟した種子が飛行する際に、風切り羽の役割を果たします。ともに基毛(きもう)と呼ばれる毛に包まれており、若い花では赤紫色ですが、熟すと純白の綿毛に変わります。
平安時代の女流作家・清少納言も、「枕草子」の中で「秋の野のおしなべたるをかしさは、すすきこそあれ。穂先の蘇枋(すおう)にいと濃きが、朝露にぬれてうちなびきたるは、さばかりの物やはある」と、ススキの穂の色の美しさを礼讃しています。
蘇枋とは、黒味を帯びた赤色のこと。現代語訳は、「秋の野の最高の情緒はススキにある。濃い蘇枋色の穂先が朝露に濡れてなびいている情景は、これ以上の物があろうか」。
秋の月見に欠かせない植物
秋のお月見は旧暦8月15日の「十五夜」(中秋の名月)、9月13日の「十三夜」、10月10日の「十日夜(とおかんや)」と年3回あります。この「三月見」が晴れてお月見ができると縁起が良いとされています。
今年の十五夜は新暦の9月10日、十三夜は10月8日。東日本を中心に祝われる「十日夜」は、11月10日に行われることが多いようです。
お月見には、ススキの穂とお団子などを供えます。十五夜では豊作を祈願し、十三夜では豊作に感謝し、十日夜では、田の神様を山に送り返します。ススキを供えるのは、茎が中空になっているので、神様の依代(よりしろ)になると考えられるからだそうです。
「名月や 明けて気のつく 芒疵(すすききず)」は、江戸時代の俳人、小林一茶の句。ススキの葉の縁には、鋭い鋸歯(きょし)があり、名月に見とれてススキの原に入ると、思わぬ傷を負いかねません。葉が鋭利な刃物のようなので、ススキには魔除けの力があるともされました。
別名は「尾花」、「茅(かや)」とも
ススキの漢字には「芒」「薄」の2字がありますが、本来の漢名は「芒」。和名の由来については、諸説あり、「すす」は「真っすぐ」や「すくすく成長する」という意味で、「き」は「茎」や「木」を表すといわれます。別名に「尾花」があり、穂が風になびく動物の尾を思わせることに由来します。
もう一つの別名は、屋根を葺(ふ)くのに使われる、イネ科の植物の総称としてのカヤ(茅、萱)。ススキ以外にもオギ(荻)やカリヤス(刈安=以上ススキ属)、カルカヤ(刈萱=メガルカヤ属)、チガヤ(茅=チガヤ属)などを含みます。
昔の農村では、大量に利用するカヤを育てるために、春先の野焼きや秋の刈入れを総出で行ってきました。箱根の仙石原など、今日ススキの名所として知られる草原は、こうして保存されてきたものです。
1933(昭和8)年、国際連盟脱退など、日本が戦争に向かって傾斜する時代に、与謝野晶子が詠んだ短歌。晶子は、日露戦争の時に発表した詩「君死にたまふことなかれ」で知られる女性歌人です。しかし、「萩」と「すすき」が咲き乱れる、美しい世がいつまでも続いてほしいという晶子の祈りはかないませんでした。
ススキの花言葉は、すくすくと成長することから「生命力」「活力」。いつの時代にも、人々の思いは同じ。どんな苦境もはね返すというススキの力にあやかりたいと願います。
ススキ(芒、薄)
別名 オバナ、カヤ
学名Miscanthus sinensis
英名silver grass
イネ科ススキ属の多年草。日本、中国、朝鮮半島、台湾原産。全土の日当たりのよい山野に分布。屋根を葺く材料として、他のイネ科植物と共にカヤという総称で呼ばれる。草丈は1~2m。ほかに小型のイトススキ、葉に斑(ふ)が入ったタカノハススキなどの種類がある。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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