こんにちは。俳人の森乃おとです。
秋風の吹く頃になると、口ずさみたくなるのは「秋の野に 咲きたる花を 指(および)折り かき数(かぞ)ふれば 七種(ななくさ)の花」という万葉歌人・山上憶良(やまのうえの・おくら)の歌。秋の風情にふさわしい7種の草花を列挙したもので、憶良が最初に挙げたのが「ハギの花」でした。
マメ科ハギ属の落葉小低木の総称
ハギは、日本および東アジアに自生するマメ科ハギ属の落葉低木の総称で、単に「ハギ」とだけ呼ばれる植物は存在しません。
ハギに含められるのは、ヤマハギ(山萩)、ミヤギノハギ(宮城野萩)、メドハギ(筮萩)、キハギ(木萩)、シラハギ(白萩)など。いずれも花期は7~9月頃で、背丈はせいぜい1~3mほど。木とはいっても幹はつくらず、数本の木質化した茎が根元から並んで出ているだけで、翌年には新しい茎に替わります。また、葉の先は3枚の小葉に分かれ、マメ科特有の小さな蝶形花が群れて咲くなど、いくつかの共通点があります。
「萩」という漢字は日本で作られた国字
万葉集には約4500首の歌が収録されていて、そのうち植物を詠んだものは約1500首。ハギを取り上げた歌は実に141首を数え、文句なしの1位となります。そのほとんどが、全国の山野に自生するヤマハギであるといわれ、秋の七草の「ハギ」も本種を指します。
赤紫色の花がふんだんにつき、枝先が地面につくほど枝垂れている姿が美しいのはミヤギノハギです。しかし、ハギの本場とされる仙台市宮城野周辺では野生種が見つからないため、品種改良された栽培種か渡来種だと考えられています。
メドハギは木ではなく、多年草とされ、茎を乾して、易占いに使う黒い棒(筮竹=ぜいちく)とします。
「ハギ」が万葉歌人たちに最も愛された花だったことは確かですが、奈良時代にはまだ「萩」という漢字は使われていませんでした。「秋に咲く草」という意味で、平安時代に日本で作られた「国字」だと考えられます。
荒れ野に咲くパイオニアプラント
それでは、上代の人々は、どのような感覚でハギを愛でていたのでしょうか? 万葉集の多くの歌を読むと、葉先を揺らす秋風や、枝をたわませる露の重みが、ハギの魅力を増す重要なアイテムであることに気がつきます。
どこか荒涼としたイメージがあるのは、ハギが荒れ野に最初に侵入するパイオニア植物であるせいでしょうか? 当時は遷都や宮殿・寺院の造営などで、あちこちで地面が掘り起こされ荒れ野ができ、やがて萩原が広がっていったと思われます。
そしてハギの魅力を味わうのに最も必要なアイテムは、煌々(こうこう)と照らす月の光です。中秋の名月(※旧暦8月15日に見える月。一年で最も美しいと言われる)には、月見団子を作り、ハギの花とススキの穂を供える風習がありました。
上掲の俳句は、1689年4月に門弟の河合曽良(かわい・そら)を伴い「奥の細道」の旅に出た松尾芭蕉が、新潟県糸魚川市の北陸街道市振(いちぶり)の宿で詠んだ一句です。宿屋に若い遊女2人が泊まっていて、お伊勢参りに同道を求められますが、芭蕉は「句作の旅なのであちこちに立ち寄らねばならない」と断ります。何となく艶めいた感覚の中で、移動する月と動けない萩との立場の違いを詠んでいます。
「行々(ゆきゆき)て 倒れふすとも 萩の原」は、同行した曾良の句。たとえ行き倒れて死ぬことになっても、萩原の中でなら本望だ、との決意を詠んでいます。
秋の彼岸には「おはぎ」、春の彼岸には「ぼた餅」
ハギの花言葉は「思案」「内気」「柔らかな心」「柔らかな精神」です。枝垂れた細い茎に赤い小さな花をつける姿が、控えめながら、たくましさを感じさせるからでしょうか。
またハギの葉は、乾燥させてお茶を作ります。風情があるので、着物の柄としても人気。花札の7月はハギとイノシシが描かれています。
また、秋の彼岸に食べる餅菓子の「おはぎ(御萩)」は、表面に浮かぶアズキの粒をハギの 花が散る様子に見立てて「萩の餅」と呼んだことに由来します。一方、春の彼岸の餅菓子は、ボタンの花にちなんでの「ぼたもち(牡丹餅)」。餅をあんで包む点は同じですが、材料が少し違います。「おはぎ」は収穫したばかりの柔らかいアズキを使うため、粒あん。「ぼたもち」は前年のアズキで作るため、硬くなった皮を取り除いて、こしあんにします。
ヤマハギ(萩)
学名Lespedeza bicolor
英名Shrubby bushclover
マメ科ハギ属の落葉小低木で、日本および東アジアに自生。秋の七草のハギは本種を指す。樹高1~3m。花期は6~9月。12~15㎜の紅色の蝶形の花を10個ずつほどつける。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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