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イワツバメ

旬のもの 2023.07.26

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こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。

皆さんは、修学旅行や移動教室の思い出ってありますか? 奈良でシカに煎餅を与えたとか、有名テーマパークに行って楽しかったとか、枕投げをしたとか、いろいろな思い出がありそうです。私の場合はちょっと変わっていて、小学6年生の時に移動教室で行った奥日光で出会ったイワツバメなんです。

宿泊した大きなホテルの壁には、イワツバメの巣が並んでいて、たくさんの鳥が乱舞するのを感激して眺めたことを覚えています。おそらくそれが、私にとってイワツバメとの最初の出会いです。現在でも、夏休みに山の温泉旅館へ行くと、「ジュリジュリジュリ」と鳴きながら飛び交うイワツバメの姿があり、移動教室での思い出が蘇ります。

そのイワツバメ、白と黒のツートンカラーのツバメのなかまで、夏鳥として九州以北に渡来します。また、西日本だと、1年中見られる場所もあります。ツバメの特徴といえば、尾羽の両端が長く伸びたVの字形の燕尾ですが、イワツバメは角張った形をしていて、かなり趣が違います。

また、腰が白くて、飛んだときにとてもよく目立つのも大きな特徴です。もうひとつ、イワツバメの特徴で忘れてはならないのが白い脚。指の先まで白い羽毛に覆われており、モフモフしていて可愛らしいのです。でも、脚がとても短いため、普段はあまり見えないのが残念なところ。それでも、ある行動をするときだけは、そのかわいい白い脚を見ることができます。

それは地面におりて巣材の泥を集めるとき。イワツバメは、大きな建物の壁や橋の下、道路や鉄道の高架下に泥を使ったドーム状の巣を作ります。コンクリートの壁にくっつけるためか、泥は湿っていたほうが良いらしく、よく利用するのが田んぼや川辺などの地面。その泥を取るときだけが、白い脚を観察するチャンスなんです。

イワツバメという名前は、集団で岩に巣を作る習性にちなんだ命名です。ところが現在は、自然の岩場に営巣する例はあまり見られなくなっていて、コンクリートツバメと改名したくなるくらい営巣場所の大部分がコンクリート建造物なんです。1930年代に書かれた野鳥図鑑を読むと、「自然の崖や洞窟の入り口に巣があるが、駅や役場の大きな建物にも巣がある」と書いてあるので、そのころにはすでに一部のイワツバメが建物に営巣していたことがわかります。

その後、日本は高度成長時代に入り、街にはコンクリート製の建造物がたくさんできたため、ほとんどのイワツバメは自然の岩場から人工物へと営巣環境を変えたのでしょう。私が移動教室で出会った、奥日光のホテルにあったイワツバメも、そんな流れのなかの鳥たちだったのです。

じつは、ヨーロッパでは、日本のイワツバメとは近縁のニシイワツバメが19世紀には街の鳥になっています。ヨーロッパの街には古くから石造りの大きな建物があったので、ずいぶん昔から建物に営巣していたんですね。ですから、英名はHouse martin(家のツバメ)と名づけられています。また、日本では街の鳥の代表格であるツバメは、ヨーロッパでは農家の納屋に営巣する鳥。なので、Barn swallow(納屋のツバメ)という英名です。イワツバメとツバメのイメージが、ヨーロッパと日本で違うのがおもしろいですね。

こんな身近なイワツバメですが、まだまだ謎が多い鳥です。例えば、この鳥がどこで寝ているのかわかっていません。営巣しているときは、巣の中で寝ていると思いますが、それ以外の時期はまったくわからないのです。ツバメは、繁殖期以外だと河川敷や湖沼の岸に広がるヨシ原に集まって寝ていますが、その中にイワツバメが混ざることはありません。いったいぜんたいどこで寝ているのか。

もしかしたら、空中を飛びながら寝ているのではとさえ言われています。でも、これはあながち荒唐無稽なことではなく、鳥の中にはアマツバメのように飛びながら短い時間の睡眠を繰り返している種もいるので、その可能性はないとは言えないのです。イワツバメの睡眠の謎は果たして解き明かされるのか。そんな日が来るのが楽しみです。

写真提供:柴田佳秀

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柴田佳秀

科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。

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