こんにちは。俳人の森乃おとです。
3月の暖かい風が吹く中で、スノーフレークが雪の名残のような花を咲かせます。釣鐘型の可憐な花はスズランを思わせ、細長い葉がスイセンに似ていることから、別名はスズランスイセン(鈴蘭水仙)。スノーフレーク(snowflake)とは「雪の欠片」の意ですが、光輝きながらシャラシャラと揺れる純白の花は、厳しい季節に耐えてきた私たちへの、冬からの慈愛に満ちたお別れの挨拶なのかもしれません。
スノーフレークは、ヒガンバナ科スノーフレーク属の球根植物。中央ヨーロッパ、地中海沿岸地方が原産地で、草原や湿地に分布します。
2月のまだ寒い時期に葉が現れて生育し、地際から花茎を1~数本伸ばして、3月から4月にかけて、1本の花茎に1~4輪ずつの径1.5㎝ほどの花を咲かせます。その後、5月の終わりには地上部が枯れ、休眠に入ります。
日本では春本番の季節に咲きはじめますが、原産地では主に夏に開花することから、「サマー・スノーフレーク」とも呼ばれます。
丸っこいフォルムの花はスズランによく似ていますが、6つに深く切り込んだ花弁の先端に、可愛らしい緑色の斑点があることで、スズランと見分けがつきます。その緑の斑(ふ)こそが、スノーフレークの清らかな白さをさらに引き立ててくれるのです。
また、見かけによらずたくましい植物であり、植えっぱなしでも鱗茎が自然分球でどんどん増えていき、知らぬ間に見応えのある群生をつくります。
俳人・市村究一郎の句は、スノーフレークの群れ咲くさまを「鼓笛隊」になぞらえ、風に吹かれて音楽を奏でるかのように、一斉にベル型の花を揺らす様子を描写します。その中には、あたかも音律を外すかのようにあらぬ方向を向いているものもあることでしょう。
スノードロップ(雪の滴)とスノーフレーク(雪の欠片)
ところで、名前も見た目もよく似ていて間違われやすい花に、スノードロップ(雪の滴)があります。スノードロップとスノーフレークは同じヒガンバナ科の植物で、いずれも春に釣鐘型の白い花を咲かせます。また、スノードロップのいくつかの種は、先端近くに緑色の斑紋を持ちますので、より混同されがちなのでしょう。
スノードロップが観賞用に日本に渡ってきたのは明治末期、スノーフレークは少し遅れて昭和のはじめに渡来したといわれます。それぞれ、スノードロップにはマツユキソウ(待雪草)、草丈が20~40㎝と大きいスノーフレークにはオオマツユキソウ(大待雪草)と、和名がつけられましたが、現在では英語名の方が一般的です。
開花時期はスノードロップの方が2~3月と早く、まだ雪が残る冬の時期に花茎を伸ばし、その先端に1輪ずつ花をつけます。草丈は10~20㎝と小さく、下向きに咲く花は外側の長い花被(外花被)3枚と、内側の短い花被(内花被)3枚からなる6弁花。外花被片は雪が滴るように3方に垂れ下がり、神聖で敬虔な雰囲気があることが特徴です。
一方スノーフレークは、陽光きらめく3~4月、スノードロップと入れ替わるようにして、可愛らしい鈴のような花を次々に咲かせ、軽やかに春爛漫の喜びを伝えてくれるのです。
白い牡牛の吐息から生まれたスノーフレーク
スノーフレークの学名は“Leucojum aestivum(レウコジウム・アエスティウム)”。Leucojumはギリシア語で、「白いスミレ」という意味です。花が白色で、スミレに似た芳香を持っていることに由来します。aestivumは、「夏の」という意。原産地では、初夏に咲くことにちなむのでしょう。
ギリシア神話では、次のようなスノーフレークにまつわる言い伝えが残されています。
主神ゼウスに愛された美しい乙女イオ(イーオー)は、女神ヘラに仕える神官でした。妻ヘラの嫉妬を恐れたゼウスは、イオを白い牝牛に変えてしまいます。イオは牛となっても美しく、その吐息はスミレのように香るのでした。
怒りに燃えるヘラはアブを放ち、イオニア海(まさにイオの海です)を逃げ惑うイオを追い立てます。ついには、イオはヨーロッパとアジアを隔てるボスポラス海峡を渡ってエジプトにまでたどり着き、ナイル川のほとりでゼウスの子を出産したのだそうです。
そしてスノーフレークは、イオの化身、美しき白い牝牛の香しい吐息から生まれた花だといわれています。
花言葉は「純真」「皆をひきつける魅力」「乙女の誇り」
スノーフレークの花言葉は、いずれも美しい花のイメージから生まれたものです。
「純真」は汚れなき可愛らしい花の印象から。「皆をひきつける魅力」は、花弁の先端に置かれた水玉のような緑の点によって、純粋な白がより際立ち、いいようもなく魅了されてしまうことからでしょう。
乙女のように純真で誇り高きスノーフレークですが、スズランやスイセンと同様、全草にアルカロイドを大量に含む有毒植物です。取り扱いには細心の注意が必要となります。
「綺麗な花には棘がある」という言葉もありますが、隠し持つ毒があればこそ、清楚で可憐な花の底知れぬミステリアスな魅力が輝くのかもしれません。
スノーフレーク
学名:Leucojum aestivum
英名:Summer snowflake
ヒガンバナ科スノーフレーク属の球根性多年草。中央ヨーロッパ・地中海沿岸地方原産。
花期は3~5月。草丈20~40㎝。細長い葉の間から花茎を伸ばし、1~4輪の白いベル型の花を下向きに吊り下げる。花弁の先端にある緑色の斑点が美しい。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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