こんにちは。俳人の森乃おとです。
少し湿った川べりなどに、春の陽射しに包まれ、空色の小さな花が群れ咲いています。可憐な花は、「私を忘れないで」と優しく揺れているものですから、思わず「忘れる日など来るはずもありません」とささやき返してしまいそうになるのです。
ヨーロッパ原産で、日本人にとってなじみの深い花
ワスレナグサ(勿忘草、忘れな草)は、ムラサキ科ワスレナグサ属の多年草です。ヨーロッパ原産で、北半球の温帯から亜寒帯に約50種が分布しています。日本には、北海道から中部地方にかけてエゾムラサキ1種のみが自生します。
ワスレナグサは狭義には、ヨーロッパでは一般的なMyosotis scorpioides(ミオソティス・シスコルピオイデス)を指します。和名は「シン(真)ワスレナグサ」。広義には、園芸業界でワスレナグサとして流通しているノハラワスレナグサやエゾムラサキ 、あるいはそれらの種間交配種も含めたワスレナグサ属の総称として使われます。
日本には観賞用として明治時代に移入され、戦後、それらが逃げ出して各地の河川敷などで野生化し、日本人にとってなじみの深い花となりました。なかでも、盛岡市内を流れる中津川河畔などの群落が有名です。
学名は「ハツカネズミの耳」と「サソリの尾」
花期は4~7月で、青色、青紫色をした径6~9mmほどの小さい5弁の花を咲かせます。園芸種には白やピンクもあります。
花の集まり(花序)は先がくるりと巻き、「サソリ型花序」と呼ばれます。開花とともにサソリの尾のような巻きは解けて真っ直ぐになります。草丈は20~50㎝。葉は細長く平らで、長楕円形。葉から茎まで軟毛に覆われています。属名の Myosotis はギリシャ語で、細長く多毛で柔らかい葉の様子が、「ハツカネズミ(myos) の耳 (otis)」に似ていることに由来しています。種小名の「scorpioides」は「サソリの尾に似た」という意味です。
中世ドイツの悲恋伝説
ワスレナグサという名前の基になったのは、中世ドイツの悲恋伝説です。
騎士ルドルフは、ドナウ川の岸辺を恋人のベルタと散歩していました。岸辺に咲いていたこの花をベルタのために摘もうとして足を滑らせ、水の中に沈んでしまいました。彼は最後の力を振り絞ってワスレナグサの花束を岸辺に投げ上げ、„Vergiss-mein-nicht!“(僕のことを忘れないで!)という言葉を残して消えていきました。
ベルタはルドルフの墓にその花を供え、彼の最期の言葉を花の名としました。そして生涯、その花を髪に飾っていたとのことです。ドイツ語でVergissmeinnichtと呼ばれた花は、英語では、「forget-me-not」と直訳されました。
名和訳「忘れな草」の提唱者は
その「forget-me-not」の訳名として、「勿忘草/忘れな草」を提唱したのは、植物学者の川上滝弥(かわかみ・たきや/1871―1915年)で、1905(明治38)年のことでした。
川上は北海道阿寒湖のマリモの発見・命名で知られる気鋭の学者で、禁止を意味する副詞の「勿(な)」を用い、「忘れてはいけない草」として、ワスレナグサという斬新な名前を提案したのです。
同年に出版された上田敏(うえだ・びん、1874―1916年)によるわが国初の本格的なヨーロッパの訳詩集「海潮音」では、ドイツの詩人ウィルヘルム・アレントの詩のタイトルに『わすれなぐさ』が採用され、一気に知名度が広がりました。
ワスレナグサの花言葉は、「真実の愛」と「私を忘れないで」。いずれも、中世ドイツの悲恋物語に由来します。
明治から昭和にかけて活躍し、国民的詩人として親しまれた北原白秋は、「空いろの花」に、西洋的なロマンティックな憧れと夢を託したのでしょう。
ところでワスレナグサは、欧米では古来、友愛や誠実のシンボルとして広く親しまれ、閏(うるう)年の2月末日に、旅立つ人への餞別として用いられたといわれます。現在でも欧米諸国では、この日大切な人へワスレナグサの花をプレゼントします。
また、イギリスでは、ランカスター家の初代イングランド国王ヘンリー4世が、即位前に追放されていた時に、ワスレナグサを家紋とし、「私を忘れるな」と結束のシンボルに用いたと伝えられています。国・アラスカ州の州花でもあります。
空を映したかのように瑠璃色に咲くワスレナグサには、遠い昔の忘れえぬ愛と友情の記憶が宿っているのかもしれません。
ワスレナグサ(勿忘草、忘れな草)
学名Myosotis scorpioides
英名forget-me-not
ムラサキ科ワスレナグサ属の多年草。ヨーロッパ原産で、50種ほどが北半球の温帯、亜寒帯に分布。明治時代に観賞用に移入され、戦後、各地で野生化。草丈は20~50㎝。花期は4~7月。径6~9mmほどの青、または青紫色の5弁花を多数つける。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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