こんにちは。俳人の森乃おとです。
この季節、園芸店や庭などでハートの形をしたピンク色の可愛らしい花を見かけるようになります。細い花枝をしならせ、お花が等間隔に並んで吊り下がっているのは何とも楽しく、風に揺れる姿を目で追ううちに、優しく幸せな気持ちが湧きおこってきます。

和名は仏教寺院を飾る仏具に由来
ケマンソウ(華鬘草)はケシ科ケマンソウ属の多年草で、原産地は中国東北部と朝鮮半島。日本には室町時代に観賞用に渡来しました。
名前は、花の形が仏具の華鬘(けまん)に似ていることから。華鬘は、金銅や牛革で作られた団扇(うちわ)形の飾り板で、縦1尺(30㎝)前後、横幅はそれよりやや大きめ。唐草(からくさ)や蓮華(れんげ)の文様、人面鳥身の迦陵頻伽(かりょうびんが)などを透かし彫りにし、仏教寺院の壁などにかけられました。
華鬘は、サンスクリット語の「クスマ・マーラー(花の髪飾り)」の漢字訳。元々は僧侶に贈られた草や花の飾りでしたが、のちに寺院への捧げものも「華鬘」と呼ばれるようになったのだそうです。
別名は「タイツリソウ」「フジボタン」など
草丈は30~60㎝。花期は4~6月。茎の先はアーチ状に大きくたわみ、長さ15~20mmの花を5~15個等間隔に吊り下げた総状花序つくります。通常は、葉の脇からもう1本花茎を伸ばし、同様の総状花序をつくります。

花は4弁花。外側の2個はピンク色で、先が反りかえり舟形になります。内側の2個は、白地に黄と青紫色の斑紋が入り、癒合して、全体でハート形をつくります。つぼみの段階では、外側の2個の花弁は二枚貝の殻のようにぴったり合わさり、完璧なハート形をしていますが、花が熟してくると、隙間が生じ、「ブロークン・ハート」の印象も生じます。

花茎をしならせてピンクの花が並んでいる姿は、釣り上げられたタイが釣り竿にぶら下がっている光景を思わせます。そのため、別名はタイツリソウ(鯛釣り草)と呼ばれます。
一方、葉は対生しボタンの葉によく似た羽状複葉をつくります。そこから、「フジボタン(藤牡丹)」「ケマンボタン(華鬘牡丹)」などの別名もあります。
「bosom friend=腹心の友」の庭に咲く花
『赤毛のアン』(原題: Anne of Green Gables グリーン・ゲイブルズのアン)は、カナダの作家L・M・モンゴメリが1908年に発表した少女小説。その中でケマンソウが登場することをご存じでしょうか?
想像力豊かでおしゃべりな赤毛の女の子アン・シャーリーが、生涯の腹心の友となるダイアナ・バーリーの家に初めて招かれた日のこと。作者は、バーリー家のクラシックな花壇に、多くの植物が植えられている様子を、印象的に描写します。
薔薇色のハートの形をしたケマン草(ブリーディング・ハーツ)、大輪の見事な紅い牡丹、甘い香りの白水仙(ナルシサス)、棘(とげ)だらけの可憐なスコッチローズ……/『赤毛のアン』(翻訳:松本 侑子)より引用

まず名前が挙がるのは、モンゴメリがもっとも愛した花といわれる「ケマン草」。
ケマンソウは19世紀に日本から英国に紹介され、さらに物語の舞台となったプリンス・エドワード島に伝わり、耐寒性があることと個性的で美しい花姿とが相まって愛でられてきたそうです。英語圏では花の形を心臓に見立て、“bleeding heart=血を流す心臓”と呼ばれます。
「腹心の友」の原語は“bosom friend”で、bosomは「胸の奥、心臓、胸中」の意。
まさにケマンソウは、真心からの友情を象徴するにふさわしい花なのです。

花言葉は「恋心」「魅惑する勇ましさ」「あなたについていく」
特徴的なハート形の花や色は少女の可憐な恋心のようであり、傷を負いながらも闘う雄々しくも気高い魂のようでもあります。そこから「恋心」「魅惑する勇ましさ」という花言葉が生まれました。また、「あなたについていく」は一列に連なるケマンソウの花の様子から。
ちなみに可愛い見た目に反して、全草有毒ですので取り扱いにはご用心を。また、生育旺盛なたくましい植物でもあります。そんなところもまた、魅力的なのかもしれません。

孤独で風変りな少女だったアンが、豊かな自然と家族愛に包まれ、聡明で美しい女性に成長していく物語は、現在に至るまで多くの読者を魅了し、勇気を与え続けてくれました。
長野県松本市出身の医師で俳人、鳥羽とほる氏の句を口ずさむと、互いの腕を絡めて夢中になって語り合い、気づくと遠方まで来てしまった二人の少女の姿が、懐かしくも切なく目に浮かんでくるような思いがします。

今でもプリンス・エドワード島では、アンが住む家のモデルとなった「グリーン・ゲイブルズ=緑の切妻屋根の家」の庭で、ケマンソウの花が美しく咲いていることでしょう。
ケマンソウ(華鬘草)
学名 Lamprocapnos spectabilis
英名 bleeding heart
ケシ科ケマンソウ属の多年草。中国東北部・朝鮮半島原産で、草丈30~60㎝。花期は4~6月。花色はピンクおよび白。花は4弁花で外側の2個は大きく、内側の2個は小さい。
アーチ状にしならせた花茎の先に総状花序をつくり、5~15個の花を横一列に下垂させる。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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