こんにちは。俳人の森乃おとです。
大寒に入り、冬の最後を締めくくる季節となりました。春の七草の代表とされるナズナは、寒さの中でもロゼット(バラ型)と呼ばれる葉を放射状に地上に並べ、花茎を伸ばして花をつける準備をしています。やがて立春が過ぎ、三寒四温の頃になるとごく小さな白い花を密集して咲かせ、春の訪れを告げてくれます。
――源俊頼(1055-1129)『散木奇歌集』より
日本には古来、新春の野で若菜を摘んで、一年の息災を祈る風習がありました。平安時代に詠まれた源俊頼の和歌は、夜更けまでナズナを摘んだ苦労をしのんでほしいと、恋人に甘えています。この風習に中国から伝わった、正月七日(人日=じんじつ=の節句)に七種類の若菜を入れた汁物を食べる習慣が加わり、「七草粥(がゆ)」の起源となりました。
春の七草は、「せり・なずな・おぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ」の七種。このうち「おぎょう」は現在のハハコグサ、「ほとけのざ」はコオニタビラコで、「すずな」はカブ、「すずしろ」はダイコンのことです。
このうち、香りの高さと適度な歯応えにより、一番おいしいとされているのはナズナの葉。中国・北宋の詩人で美食家として知られる蘇軾(そしょく)は、ナズナのスープについて「もしナズナの味を知ったなら、陸海の八珍などはみな下品で飽きがくる味に思える」と絶賛しています。ちなみに蘇軾の号は蘇東坡。豚の角煮「東坡肉(トンポーロウ)」の考案者とされます。
和名の由来は「撫でたいほど愛らしい菜=撫菜(なでな)」?
ナズナはアブラナ科ナズナ属の二年草です。北半球に広く分布し、日本には麦栽培と共に渡来した史前帰化植物だと考えられています。北海道から沖縄まで、日当たりの良い野原や田畑、道端に自生するありふれた野草の一つです。
ロゼットで越冬し、春先に径3mmほどの十字形の白い4弁花を総状花序につけます。花は下から順に咲き続け、ツボミをつくりながら上方へどんどんと伸びていき、春の終わりには花茎は50㎝近くにまで生長します。
ナズナという和名の由来には諸説あり、一つは夏には地上部が枯れて姿を消すことから「夏無(なつな)」。また、撫でたいほど愛らしいので「撫菜(なでな)」と呼ばれたという説もあります。
花が咲き終わった後には、先端がへこんだ平たい倒三角形、あるいはハート形の果実がつき、左右2つの室にはそれぞれ5~6粒の種子が入っています。
ナズナには多くの別名がありますが、よく知られているのが「ぺんぺん草」。果実の形が三味線の撥(ばち)によく似ているためです。「ぺんぺん」は三味線を弾く音で、「三味線花(しゃみせんばな)」とも。
ナズナは繁殖力旺盛で、種子が飛び散りやすくどんな荒地でも生育できます。そこから「ぺんぺん草が生える」(荒れ果てた地の様子)、「ぺんぺん草も生えない」(何も残っていない状態)という慣用句が生まれました。
昔の子どもたちは、ナズナの実を鳴らして遊びました。三角形の実の柄を茎の皮と一緒にそうっと下方に剥くと、茎の周りを垂れ下がった実が取り巻く状態になります。その茎を回したり、風に当てたりすると、「シャラシャラ」という軽やかな音がします。現代俳人・高澤良一氏の句は、そんな懐かしい草花遊びの情景を詠んだものなのでしょう。
ちなみに俳句の世界では、単に「薺」や「薺摘(なずなつみ)」は新春の季語となり、「薺の花(花薺)」「ぺんぺん草」は春全体を通して使えます。
花言葉は「あなたに私のすべてを捧げます」
ナズナの学名は、Capsella bursa-pastoris。属名Capsella(カプセラ)は「小箱」、種小名のbursa-pastoris(ブルサ・パストリス)は「羊飼いの財布」を意味します。英語名も「Shepherd's purse(羊飼いの財布)」。日本では三味線の撥ですが、西洋では三角形の実の形と、ぎっしりと種子が入っている様子から財布を連想したようです。
また花言葉は、海外と日本と共通で「あなたに私のすべてを捧げます(I offer you my all)」と、財布に関連したものとなっています。
ナズナは邪気を祓う縁起の良い家紋として、奥州伊達氏をはじめ多くの武家に用いられました。薺紋(なずなもん)は、深い切れ込みがある葉を剣に見立てて放射状に並べ、ロゼットを再現しています。葉を広げて寒風をしのぎ、荒地でも芽生える強さにあやかりたいという思いからなのでしょう。
ところで七草粥は、ナズナのほか1~2種類、あるいは小松菜などを代用すれば、すべてそろわなくても十分味わうことができます。本来、人日の節句は旧暦の1月7日。今年2023年の新暦では1月28日に当たりますので、それぞれの「七草粥」を楽しみ、改めて一年の無病息災を祈るのはいかがでしょうか。
ナズナ(薺)
学名Capsella bursa-pastoris
英名Shepherd's purse
アブラナ科ナズナ属の二年草。花期は2~6月。麦栽培と共に北半球に広く分布。開花期の全草を乾燥させたものは解熱、利尿などに効く生薬「薺菜(せいさい)」として利用される。近縁種に、ヨーロッパ原産で実の形が軍配に似た「グンバイナズナ」、花が黄色で美しいが食用にならない「イヌナズナ」などがある。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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