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コキア

旬のもの 2024.10.25

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

厳しい残暑もいつしか過ぎ、早いところでは霜の降る季節となりました。紅葉・黄葉する植物たちで華やぐ中で、モコモコとした草姿が愛らしいコキア(ほうき草)もまた外側の枝葉からうっすらと紅く染まりはじめています。

薬用・食用として平安時代以前に渡来

コキアは、ヒユ科バッシア属の一年草で、学名はラテン語でBassia scoparia(バッシア・スコーパリア)。「バッシア」はヒユ科の被子植物を指し、「スコーパリア」は「ホウキ状の形の」を意味します。

原産地はヨーロッパ、南アジア、中国。漢名は「地膚(じふ)」で、利尿・強壮に薬効があり、葉や実が食用にもなります。日本には平安時代以前に移入され、栽培されました。日本各地の海岸地帯などで野生化したものは、イソボウキ(磯箒)などと呼ばれています。秋の紅葉を楽しむ園芸品種は一般的に「コキア」の名で流通。ドイツ人植物学者Koch(コック)に由来します。

和名は枯れた草から箒を作ったことに由来

コキアの草丈は50~100㎝。盛んに枝分かれして、枝をぐんぐん直立させていきます。葉は長さ2~3㎝、幅2~3mmの柔らかい針状で、明るいライム・グリーン色。草の姿は円錐形やマリモのような球形にふっくらと膨れていきます。

夏から秋にかけて葉腋(ようえき)から多数の花穂を出しますが、花は小さい上に黄緑色で、花弁がないため、あまり目立ちません。

和名はホウキグサ(箒草)、ハハキギ(帚木)、ホウキギ(箒木)など。いずれも枯れた草から箒(ホウキ)が作られたことに由来します。茶色く枯れた草を抜いて干し、枯葉やゴミをすき取ると、そのまま箒として使えます。

プチプチとした実は秋田県特産物の「とんぶり」に

みなさんは「とんぶり」を食べたことがありますか? 枯れたコキア=ホウキグサを水で洗うと、枝についていたたくさんの実が取れます。径は1~2mm。これを茹でて味付けをしたものが、秋田県大館地方の特産物の「とんぶり」です。姿形やプチプチ食感がチョウザメの卵のキャビアに似ていることから、「畑のキャビア」や「ジャパニーズ・キャビア」などと称されます。

おろし生姜を添えて食べると、シンプルでありながら独特な食感が楽しめる美味なおつまみとなり、おすすめです。

「とんぶり」の名前の由来は、同じ秋田県名物の魚、ハタハタ(鱩)に関係があるとのこと。冬の雷が鳴る時期に、産卵のため深海から秋田県の沿岸に浮上してくるハタハタの卵は「ぶりこ」と呼ばれます。互いに粘液で絡みついた「ぶりこ」は、虹色の美しい色彩をしていて、大きさは「とんぶり」とほぼ同じ。中国から渡来したホウキグサの実は、中国から来た「ぶりこ」という意味で「唐(とう)ぶりこ」とまず呼ばれ、それがなまって「とんぶり」になったという説が有力です。

帚木(ははきぎ)の 心をしらで 園原(そのはら)の 道にあやなく まどいぬるかなー―『源氏物語』第二帖「帚木(ははきぎ)」より

平安時代中期に成立した『源氏物語』の第二帖のタイトルは「帚木(ははきぎ)」。主人公・光源氏の恋愛遍歴の始まりを描き、それに続く「空蝉」と「夕顔」の三帖をまとめて「帚木三帖」とも呼ばれます。

17歳の光源氏は、とある美しい人妻に出会い無理やり関係を結びますが、彼女はそのことに苦しみ、光源氏が再び会おうとしても応じてくれません。巻名は作中で光源氏とその女性が交わした和歌にちなみます。

この歌に詠まれる「帚木(ははきぎ)」は、残念なことにコキアではありません。長野県の園原の里にあるといわれるヒノキのこと。箒を立てたようなその姿は遠くからははっきり見えるのに、近づくと他の木と混じり見分けがつきません。

この不思議な木を詠んだ平安前期から中期の歌人・坂上是則(さかのうえのこれのり)の歌を下敷きにして、光源氏は「帚木の気持ちも知らないで、どうして園原の道に迷ってしまったのか」という歌意の、断念の歌を贈ります。その際、セミの抜け殻を添えることで、一枚の着物を残し求愛から逃げ去ったことへの恨み言を表現しました。そのため女性の名は「空蝉」。
以来、帚木(ははきぎ)と言えば、会えそうなのに会うことができない人を指す言葉になりました。ちなみに「空蝉」は作者・紫式部自身に最も近いと考えられています。

花言葉は「あなたに全て打ち明けます」「恵まれた生活」「夫婦円満」

コキアは夏の間は緑色をしていますが、秋になると鮮やかで美しい赤に変化します。その姿がまるで頬を赤らめながら長らくの片思いを告白するようであることから、「あなたに全て打ち明けます」という花言葉が生まれました。

「恵まれた生活」は、ホウキとなり実は食用になるなど、大いに役に立つことから。「夫婦円満」は豊かに丸味を帯びて並ぶ姿からの連想です。
耐え忍んできた思いはきっとかない、実りの秋を迎える頃にあたたかく満ち足りた暮らしが新しくはじまることでしょう。

コキア

学名 Bassia scoparia
英名 Summer cypress
ヒユ科バッシア属の一年草。ヨーロッパ、南アジア、中国原産。薬用・食用に平安時代以前に渡来。和名は枯れた枝で箒を作ったことから。実は秋田地方特産物の「とんぶり」に。 草丈は50~100㎝。枝は盛んに枝分かれして直立。葉は明るい緑色で細い線状。夏から秋にかけ、緑色の小さな花弁のない花をつける。秋に紅葉する園芸種はコキアと呼ばれる。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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