こんにちは。俳人の森乃おとです。
3月のやわらかな陽射しの中で、オトメツバキ(乙女椿)が優しく端正な花を咲かせています。他のツバキの仲間と比べてやや遅咲きで、淡いピンク色の花弁がフリル状に幾重にも重なる姿は、優しい春風にふんわりとスカートを広げた、まさに乙女のような美しさです。

乙女のように華麗に、慎み深く
ツバキは日本に古くから自生するツバキ科ツバキ属の常緑樹で、樹高5~6mの高木であるヤブツバキ(藪椿)と、樹高1~2mの低木のユキツバキ(雪椿)の2種類に大別されます。
ユキツバキは東北と北陸の豪雪地帯に分布し、ヤブツバキの変種といわれます。オトメツバキは、そのユキツバキを原種として江戸時代に作出された園芸品種です。
本草学者の岩崎灌園(いわさき・かんえん)著の植物図鑑『本草図譜』(1829年)にもその名が記されています。
ヤブツバキの花は赤い五弁花で、ユキツバキも赤い花を咲かせますが、園芸種であるオトメツバキは「ピンク色の椿」の代表品種として知られています。葉には光沢があり、ヤブツバキより小さく楕円形です。鋸歯がある葉は先端が尖り、互生します。
花期は遅咲きの2~5月。淡紅色の花弁が整然と重なり合った花径7~10㎝ほどの中輪の千重(ちえ)咲きの花を多く咲かせます。

一般的にツバキといえば、花の中心にある筒状の黄色い雄しべの集まりが印象的です。しかしオトメツバキの雄しべは、中央の花弁の中に慎み深く隠されて見えません。このように、花の中心の花弁が開かずに珠のようになった咲き方を「宝珠(ほうじゅ)咲き」といいます。
和名の由来には諸説あり、めったに実を結ばないことが結婚前の乙女を思わせるためとも、あるいは可憐な花姿が乙女を連想させるためともいわれます。

また江戸時代には、オトメツバキを栽培している藩は、他藩への流出を固く禁じられたことから「お止め椿」と呼ばれ、それが「乙女椿」に変わったという説もあります。
淡紅の花色にちなんで別名に「ウスオトメ(淡乙女)」。ちなみにオトメツバキは1911(明治44)年に海外に紹介されて人気を呼び、英名はPink Perfection(ピンク・パーフェクション)です。
ツバキは古来、日本の冬から春にかけての季節を彩る神聖な樹木として愛されてきました。『古事記』にも登場し、奈良時代の『万葉集』でも9首詠まれています。その中でも坂門人足の歌は時代を超えて詠み継がれ、名歌として知られています。歌意は
「巨勢山(現・奈良県御所市)で、つらつらと多く連なって咲いているツバキを、つくづくよく見て、やがて百花の咲く巨勢の春野を偲びましょう」。

「つらつら椿」とは漢字で書くと「列列椿」。ツバキの花がつややかな葉の中に連なって咲いている形容であり、「つらつらに(つくづくと)」を導く序詞として、現在でもよく使われる慣用句となっています。ここで詠まれたツバキは、ヤブツバキだと考えられています。
一方、ユキツバキが新種として発表されたのは1947年のこと。枝も葉もしなやかで、豪雪に押しつぶされても折れにくく、春になると枝を持ちあげて開花する力強さを持つことから、新潟県では「県木」に指定されました。

苛酷な環境に適応するため樹高が低くなり、雪国の雪解けに合わせて花期も4~5月と遅めとなります。
オトメツバキはそうしたユキツバキの性質を引き継いでおり、育てやすいため、公園樹や街路樹としてよく植栽されています。
オトメツバキの花言葉は「控えめな美」「控えめな愛」「慎み深さ」。
いずれも、バラに似た華麗な八重咲きの花でありながら、香りを持たないことから、清純な乙女を連想させるのでしょう。

さて、広島県の呉市には次のような言い伝えがあります。
昔、長者の美しい娘が、集落で一番貧しい若者と恋に落ちましたが、仲を引き裂かれてしまいます。絶望した二人は、共に荒れる海へと身を投げました。若者の屍は遠く流れて呉沖の能美島(のうみじま)に、娘の屍は呉の浜辺に打ちあげられたのだとか。 やがて能美島と呉浦に、ツバキが芽を出し、美しい花を一輪ずつ咲かせました。 そしていつしか能美島のツバキが「男椿」、呉浦のツバキは「乙女椿」と呼ばれるようになったそうです。
俳人・随筆家の楠本憲吉の俳句では、恥じらうように花顔を隠してしまうオトメツバキが詠まれています。慎み深く隠された、穢れを知らぬ乙女心は、どこか危うく怖いもの。だからこそ、ひとときの春風に美しく輝くのかもしれません。
オトメツバキ
学名:Camellia japonica var. decumbens cv. Otometsubaki
英名 Pink Perfectioni
ツバキ科ツバキ属のユキツバキ系の園芸品種で、樹高1~2mの常緑低木。鋸歯がある葉には光沢があり、ヤブツバキより小さく卵形。先端が尖り、互生する。開花期は遅めで2月から5月。花径は7~10㎝、淡紅色の花弁が幾重にも重なって咲く千重咲き。赤や白もある。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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