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チョウゲンボウ

旬のもの 2025.06.23

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こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。

バードウォッチングといえば、自然豊かな野山で双眼鏡を手に野鳥を観察する――そんなイメージを持つ人が多いかもしれません。でも、私にとっては街の中も立派なフィールド。とくに毎日の買い物の時間が、実は貴重なバードウォッチングのチャンスなんです。

たとえば先日、最寄り駅近くの繁華街へ買い物に出かけたときのこと。突然、頭上から「キーキーキー」という鋭い鳴き声が聞こえてきました。思わずその方向を見上げると、翼をいっぱいに広げた鳥が悠然と空を舞っていました。チョウゲンボウです。

チョウゲンボウは全長約33cm、ハトくらいの大きさのハヤブサの仲間。春から夏にかけては北海道から近畿地方の各地で繁殖し、冬には日本全国で見られます。農耕地や河川敷など開けた場所にいることが多いのですが、近年では街中でもよく見かけるようになってきました。

尾羽が長く、すらっとした体型で、見た目もなかなかスマート。大きな黒目の可愛らしい顔つきからは想像しにくいかもしれませんが、れっきとした猛禽類です。空中の一点にとどまる「ホバリング」で地上のネズミなどの獲物を狙い、タイミングを見計らって一気に急降下――そのハンターとしての姿は、やはり猛禽そのものです。

ネズミを捕らえるチョウゲンボウ

チョウゲンボウをいう名前には、なんだか不思議な響きがありますよね。きっと面白い由来があるに違いないと、期待をこめて調べてみたのですが、驚いたことにその語源はまったくわかっていないのだそうです。どうやら江戸時代の初期にはすでにこの名前が使われていたようですが、どのような理由で名前がつけられたのか、記録に残るような文献は見つかっていません。

一説によれば、北関東ではトンボのヤンマのことを「ゲンザンボー」と呼び、この鳥の飛ぶ姿がヤンマと似ていることから「鳥(ちょう)ゲンボー」となったと、という話があります。でも、一地方の呼び名が全国共通の名前になるとは考えにくいですし、ヤンマを連想するのは少し無理があるように思えるのです。また、「長元坊」という漢字があてられていることから、お坊さんや男の子の呼び名に由来している可能性があるのかもしれないと私は想像するのですが、その真相は謎のままです。

そんな名前の謎を抱えたチョウゲンボウですが、3月末頃には、川沿いの高い崖にある窪みに巣を作り、そこで卵を産んで子育てを始めます。長野県中野市には、「十三崖のチョウゲンボウ繁殖地」と呼ばれる場所があり、ここではチョウゲンボウが集団で繁殖していたことから、1953年に国の天然記念物に指定されました。ところが2019年を最後にここでの繁殖が確認されておらず、現在では繁殖が見られない年が続いています。実際、自然の崖で子育てをするチョウゲンボウは今では珍しくなっていて、近年では、ビルや工場などの建物や、鉄橋などの人工物に営巣する例が一般的になりつつあります。

日本で初めてチョウゲンボウが人工物に営巣したのは、1971年の長野県松本市にあるビル。その後、あちこちで人工物を利用するようになり、いまや日本各地の都市で子育てをする姿がみられるようになりました。
チョウゲンボウは冬の季語で、かつては冬になると現れる鳥でした。ところが近年はすっかり都市の鳥になったものもいて、一年中みられるところが増えているのです。

私が買い物の途中で出会ったあのチョウゲンボウも、そんな都会型の暮らしをしている鳥のひとつ。もう30年近く、商業施設の排気口を巣にして、毎年ヒナが巣立っていくのを楽しみにしてきました。ところがその施設は昨年10月に老朽化と経営不振のため閉店してしまい、建物が今後どうなるのかはまだ決まっていません。

巣にいるヒナ

チョウゲンボウは、私にとっては、買い物のついでに空を見上げる習慣をくれた、ちょっと特別な存在です。どうか来年も、あの鋭い「キーキーキー」が聞こえてきますように――そう願いながら、今日も私は、空を見上げています。

写真提供:柴田佳秀

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柴田佳秀

科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。

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