こんにちは。俳人の森乃おとです。
夏祭りや縁日で、ホオズキ(酸漿/鬼灯)を売る出店が立ち並ぶ頃となりました。朱色の提灯を吊り下げたような姿は、暑い季節に涼と彩りを添えてくれる夏の風物詩の一つです。日本の暮らしに深く根差した植物であり、赤い果実の種を抜いて口に含み、笛のように音を鳴らしたり、人形をつくったりして遊んだ、夏の記憶が胸に残っている方も多いことでしょう。
咳止めや解熱などに効く生薬に
ホオズキは、ナス科ホオズキ属の一年草または多年草です。アジア東部の温帯から暖帯にかけて広く分布。日本には、古い時代に薬用として渡来した帰化植物ともいわれます。
草丈は40~90cmほど。地下茎を長く伸ばして殖えていき、先のとがった卵形の葉には短い毛が生え、ぎざぎざした大きな鋸歯(きょし)を持っています。根茎を含めた茎葉を日干しにしたものが、生薬の「酸漿根(さんしょうこん)」。咳止めや解熱・利尿など、女性や子どもの健康を守る薬として重宝される一方で、子宮緊縮作用があるヒトスニンを含むことから、堕胎薬としても使用されてきました。
赤橙色の果実を袋状の萼(がく)が包み込む
ホオズキの花期は6~7月。葉の付け根から花柄(かへい)を伸ばし、径1.5~2㎝の薄クリーム色の花を下向きに咲かせます。花冠は浅く5つに裂け、星型に開いた杯(さかづき)状。裏側にある萼も5つに裂けています。
花が終わると、水分を含んだ肉質の、丸い果実を結びます。実は赤橙色に熟し、直径2㎝ほど。同じナス科のミニトマトに似ています。ちなみにホオズキの漢字表記の一つ、「酸漿」は中国名。酸味があり水分が多いことを意味します。
ホオズキの最大の特徴は、発達した萼が風船のように膨らみ、袋状に果実をすっぽりと包み込むこと。萼の長さは4〜6cm にもなり、7月下旬の頃から果実の成熟とともに、緑色から鮮やかな朱色へと染まります。
ホオズキはヤマタノオロチの赤い目玉とも
ホオズキが熟す季節は、陰暦7月の七夕の節句や盂蘭盆会と重なります。そのため五色の短冊とともに七夕笹に結ばれ、盆棚などに飾られてきました。
ホオズキのもう一つの表記「鬼灯」は、ご先祖様の霊を迎え、迷わぬように足下を照らす盆提灯に見立てたことが由来。袋状の萼の中には、還ってきた先祖の魂が宿るともいわれます。
和名の由来にはさまざまな説があり、果実を赤い頬になぞらえたとか、口に含んで鳴らすときに頬を突き出すので「頬突き」など。古くは「カガチ (輝血)」「ヌカズキ (奴加豆支)」などと呼ばれ、奈良時代(8世紀初頭)に編纂された『古事記』に登場。かのヤマタノオロチ(八岐大蛇)の燃えるように赤い目玉を「アカカガチ(赤加賀智/赤輝血)に似ている」と例えています。
無病息災を願う縁起物
ホオズキの花言葉は、「自然美」「心の平安」。いずれも心身の不調を和らげ鎮静する薬草としての効果に由来します。
有名な東京の浅草寺の「ほおずき市」は、「四万六千日(しまんろくせんにち)」という縁日に立つ市のこと。この日に参拝すると46000日分相当の功徳を得られるのだとか。一年で最も果報がある日に、薬効高いホオズキが売られるようになったことが、「ほおずき市」のはじまり。無病息災を願う魔除け・厄除けの縁起物として、玄関などに飾られました。
ホオズキの実を笛のように吹き鳴らす遊びは、主に女の子たちのものです。古くは、平安時代の宮中でも行われていました。
つくり方は、まず袋状の萼を破って中の実を丁寧にもみほぐし、種子と芯を萼に残して、薄い果皮だけを破けぬようにそっと取り出します。それを口に含んで膨らませると、「キュッキュッ」と音が鳴るため「ホオズキ笛」とも。
掲句の少女は、頬を膨らませてホオズキ笛を上手に鳴らし「あなたも遊ぶ?」とばかり、赤く熟れたホオズキを少年の手に渡したのでしょうか。その瞬間の甘酸っぱい胸の高鳴りが伝わってくるようです。高野素十は、大正末期から昭和にかけて活躍した俳人で医学博士。遠い夏の日の初恋を思い出して、この句を詠んだのかもしれません。
ホオズキ(酸漿/鬼灯)
学名 Alkekengi officinarum var. franchetii
英名 Chinese lantern plant, Japanese lantern plant
ナス科ホオズキ属の一年草または多年草。アジア東部の温帯から暖帯にかけて広く分布。草丈は40~90cm。花期は6~7月。薄クリーム色の小さな花をつける。花後に球形の果実を結び、萼(がく)が増大して袋状に果実を包み込む。熟すと萼も果実も赤橙色に染まる。果実は中身を抜き、果皮を口に含んで吹き鳴らして遊ぶ。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
