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アカネ

旬のもの 2025.08.30

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

茜色に染まった美しい夕焼け空に、澄んだ秋風が吹く季節となりました。「茜色」とは朱色より、少し沈んだ色合いの黄色みを帯びた赤色のこと。日本では古来、アカネ(茜、茜草)を使って染められており、タデ科のアイ(藍)と並んで日本人に愛されてきた染料植物です。

小さな星形の花と染料となる赤い根

アカネはアカネ科アカネ属のつる性多年生植物です。本州から九州、朝鮮半島、台湾、中国に分布し、山野に多く見られます。
根は太いヒゲ状で、細かく分岐します。掘り出したばかりの根は艶のある黄褐色ですが、乾燥させると美しい赤紫色に変わります。この根を使った草木染めが「茜染め」です。
和名の由来は、赤い染料をとることから「赤根」。やはり赤系統の染色に使われる同属別種のセイヨウアカネ(西洋茜)、インドアカネ(印度茜)に対して、ニホンアカネ(日本茜)とも呼ばれます。

茎は四角形で下向きの小さいトゲがあり、それを身近な植物に引っかけ、つるをよじ上らせながら成長します。先端がとがった卵形の葉が4枚輪生するため、ヤブの中でアカネを探すときにはよい目印となります。葉柄や葉の縁、裏面の葉脈にもトゲがあることも特徴です。

花期は8~10月。茎の先端または葉の腋から伸びた花序に、径3〜4mmの小さな花を円錐状に多く咲かせます。花色は淡い黄緑で、花冠は5裂して星形の5弁花のようにみえます。花後に2個の袋果が融合した球形の果実を結び、黒く熟します。
根は薬用にもなり、生薬名は「茜草(せんそう)」または「茜根(せんこん)」。利尿や解熱、止血、強壮剤などに用いられます。

邪馬台国(やまたいこく)の女王卑弥呼(ひみこ)の献上物

古来、赤色の染料として使われる植物は、アカネのほか、キク科のベニバナ(紅花)、マメ科のスオウ(蘇芳)。この3種の中でアカネのみが日本在来種で、ほかは渡来した植物です。
中国の歴史書『魏志倭人伝』には、邪馬台国の女王卑弥呼(2~3世紀)が魏の国に献上したものの一つとして、「赤、青の絹布や麻布」が記されています。この時代には、すでにアカネやベニバナを用いて赤い布をつくる染色法が確立されていたのでしょう。

茜染めは、鮮やかな緋(ひ)色にするために高温で根を煮出し、ツバキ(椿)などの灰を使ってタンニンを取り除き、さらにムラサキ科のムラサキ(紫、紫草)やベニバナと交染するなどの高度な技術を必要としました。そのため大変に高価で、茜色の衣服の着用は天皇や親王、上流貴族に限られ、それ以下の身分のものには禁色でした。

平安時代末期には武士の鎧や旗にも用いられましたが、室町時代にスオウから容易に赤色を出せるようになり、茜染めの伝統が途絶えたといわれています。現在、日本のアカネは生息数を減らしており、茜染めにはインドアカネ、セイヨウアカネが多く使われています。

あかねさす 紫野(むらさきの)行き 標野(しめの)行き 野守は見ずや 君が袖振る 
――額田王(ぬかたのおおきみ)/『万葉集』巻1-20

8世紀後期に完成したとされる『万葉集』には、アカネが登場する歌が13首ありますが、いずれも「紫」「日」「照る」「昼」にかかる枕詞。なかでも、天智天皇の妃である額田王が、かつて恋人だった大海人皇子に向けて詠んだ上掲の歌がよく知られています。歌の意味は、
「日の光が茜色に照り映えて、ムラサキの咲く野を行きつ戻りつしながら、求愛のしるしに袖を振るあなた。そんなに振ると、標野(天皇の御料地)の番人に見られますよ」――。

ムラサキの根を乾燥させた「紫根(しこん)」も古くから薬や染料に使われ、「紅花」「藍」と並び、日本三大色素の一つです。アカネとともに日本人に愛され親しまれてきた身近な植物でしたが、生育環境の変化などにより、現在では絶滅危惧IB類に分類されています。

アカネの花言葉は「私を想って」「媚び」

アカネは他の植物につるを巻きつけながら成長し、花も控えめでつい見過ごしてしまうほど。それなのに掘り起こしてみると、驚くほどに鮮明な赤い根が現れます。それがおとなしくて頼りなさげであるのに、情熱的な恋慕を奥深く秘めている女性を連想させることから、花言葉は生まれたのでしょう。アカネを詠んだ代表的な俳句に次のようなものがあります。

「茜草(あかねぐさ) 祇王(ぎおう)は何に すがりけむ――泉春花」

祇王は、平清盛(1118~1181年)に寵愛された白拍子(しらびょうし)で、『平家物語』に登場します。白拍子とは、平安時代末から鎌倉時代にかけて流行した歌舞を演じる遊女のこと。その後、祇王は若手の白拍子に清盛の心を奪われ、母と妹とともに山里に引きこもり、21歳の若さで尼になったといわれます。秋の野に咲くひっそりとしたアカネと祇王の風情が重ね合わされ、まさに茜色に染まった心の奥底がしのばれる名句です。

アカネ(茜、茜草)

学名:Rubia argyi
英名:madder

アカネ科アカネ属のつる性多年生植物。本州から九州、朝鮮半島、台湾、中国に分布し、山野に多く見られる。花期は8~10月、径 3~4 mmの淡い黄緑色の小花を多くつける。根は黄赤色で茜色の染料になる。アカネカズラ(茜葛)、ベニカズラ(紅葛)とも。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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