こんにちは、料理人の庄本彩美です。今日は「きつねうどん」のおはなしです。
ある日、近所のうどん屋でメニューを見ながら、珍しく私は迷っていた。
いつもなら肉うどん一択の私なのだが、今日は少し食欲がない。
「今日はもう少しさっぱりしたものが食べたい気分かも」
メニューのページをめくりながら、脳内会議を始める。
京都のうどんは、比較的細めで柔らかい麺だ。スルスルと食べられてしまうので、私は肉や鴨などの満足感のあるものを食べることが多い。
「しかし今日は肉の気分じゃない。わかめや梅だと、ちょっと物足りないだろうな…。他に丁度良いものは…」
隅々までメニューを見渡していると、私は「きつねうどん」に目が留まった。
関西に来てから、油揚げがとても好きになった。稲荷寿司だけでなく、味噌汁や炊き込みご飯、京都の普段のおかずの「おばんざい」など、日々の食卓に欠かせない食材だ。「お揚げさん」と、親しみを込めて呼ばれているあたり、京都の人々にとっては、単なる食材以上の存在なのだろう。私もいつの間にかお揚げさんが好きになり、よく買うようになった。お店によって、それぞれのお揚げさんの良さが違って、料理するのも楽しいのだ。
「お揚げさんなら、丁度いい感じにお腹がふくれるかな?」たまには、路線変更してみるかと、きつねうどんを注文した。
目の前に運ばれてきたのは、器の表面を覆い尽くすほど大きな、濃いきつね色のお揚げさん。その隙間から、関西らしい淡い黄金色のお出汁がのぞく。そのお出汁に、お揚げさんの油がすうっと染み出していて、食欲をそそられる。
昆布と鰹節が優しく香る、まろやかで奥ゆかしいお出汁の匂いに重なり、お揚げさんの甘辛い香りが微かに漂う。私の胃袋もすっかり迎え入れる準備が整った。
まずは、お揚げさんをレンゲでよけて、熱々のお出汁をひとくち。深い旨味とすっきりとしたキレが喉を潤し、胃へとじんわり染みわたっていく。
そしてふっくらと柔らかなお揚げさんを箸で持ち上げると、ぽたりと煮汁がしたたり落ちる。アツアツのそれをハフっと口に運ぶと、じゅわっ、と甘辛い煮汁が口いっぱいに広がった。厚みがあって、お肉にも劣らない満足感で丁度良い。そして柔らかな優しい麺にお出汁が絡み、つるつると喉越しよく口の中に運ばれていく。
「ああ、この味幸せだなぁ」。醤油の色に頼らない、お出汁が持つ素材そのものの旨味が体の芯まで染みる。食欲がないと言っていた自分はどこへやら。お出汁まで飲み干し、じんわりとした温かさと満足感が胸に広がる。「ごちそうさん」と、思わず呟いたのだった。
その夜、夫と今日あったことを話しながら、昼に食べたきつねうどんが美味しかったことを話した。
「うちの地元のうどんは九州寄りだから、コクと深みがある出汁なんだ。甘辛い牛肉がよく合うんだよね。京都のうどんは、上品で繊細だから、じんわり甘いお揚げさんの方が合うのかも。美味しかったなぁ。これからは、牛肉よりきつねうどんを頼むことが増えちゃうかも」などと、うどん熱を1人語っていたら、旦那に「そうだね」とクスッと笑われながら、一言。「でももしかしたら、歳を取ったってことかもしれないね」。
そ、そうかも…。もうお肉ばかりはしんどい歳なのかしら。そこは、「お揚げさんの魅力的も知る、大人になった」ということにしておきましょう。
食欲の秋も、温かいきつねうどんをハフハフと味わって、寒い冬に向けて体を温めよう。

庄本彩美
料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。
