私たちの暮らしには、季節ごとに様々な年中行事が根づいています。民俗学的には、古来, 日本では年中行事を通して、不思議な「ちから」を補ってきたと考えられています。今回は、関西学院大学社会学部教授・島村恭則先生に、11月のならわしについて、紐解いていただきました。
ケの日、ハレの日
昔の人は、人知を超えた不思議なちから、霊力が世の中には存在していて、それが「よいこと」をもたらしてくれると考えていました。霊力は毎日の生活の中で段々弱まってくると考えられ、年中行事やハレの日は、こうした霊力を補う機会としての役割を果たしてきました。
異界の存在に触れ、山に入って行ったり海に入って行ったりして、異界の霊力をもらうことで、ちからを充填し、日常に戻っていくのです。それは人間の認知的センス・思い込みとも言えるものですが、上手に活用することで、今を生きる私たちも、そこから日々の暮らし方や生き方のヒントを汲み取ることができます。
旧暦と年中行事
今では年中行事は新暦に合わせて行われることが多くなっていますが、本来は旧暦で考えた方が分かりやすいもの。それというのも、年中行事は月の満ち欠けに合わせて行われていたことが多かったからです。
神迎えと「龍蛇様」の謎
旧暦10月といえば「神無月(かんなづき)」です。日本全国から神様がいなくなる月として知られていますが、一方で出雲においてはこの月を「神在月(かみありづき)」と呼び、日本全国から八百万の神々が集まって、様々な縁結びを協議する「神議り(かむはかり)」が行われると信じられています。
この行事の始まりを告げるのが、出雲大社から程近い「稲佐の浜」で行われる「神迎え」の神事です。
「神迎え」で重要な役割を果たすのが、「龍蛇様(りゅうじゃさま)」。これは東南アジア方面から黒潮・対馬海流に乗って流れてくる「セグロウミヘビ」を指します。セグロウミヘビはウミヘビ亜科に分類される、海洋性の毒蛇です。秋が深まり海が荒れるこの季節、生命力の強いセグロウミヘビであっても、荒波と水温低下には抗えず、出雲の海岸に打ち上げられることがあります。瀕死状態の蛇を地元の人々や漁師が見つけ、「龍の化身である神の使い」として丁重に扱ってきました。
打ち上げられた蛇は、内臓を抜いて剥製にされます。とぐろを巻いたその姿は龍そのものであり、龍蛇祭において宮司によって掲げられ、神々を導く役割を果たします。
出雲信仰と「御師」の活躍
それでは、なぜ全国の神々が出雲に集まって協議する内容が「縁結び」なのでしょうか。その背後には、江戸時代に全国各地で活動した出雲大社の布教師、「御師(おし)」たちの働きが隠されています。
出雲大社をはじめ、伊勢神宮など大きな社には、その神社の信仰を広める布教師がいました。江戸時代、出雲大社の「御師(おし)」と呼ばれる布教師たちは、出雲信仰を全国へ広めるべく各地を奔走しました。彼らは各地の農民に対し、それまで信じられていた「神々は秋になると山へ帰る(あるいは田を去る)」という信仰に対して、「神々は出雲に行っている」という解釈を広め、縁結びと結びつけていったのです。
農民が「何をしに行くのか」と尋ねれば、御師は「縁結びの会議です」と答えます。それではなぜ縁結びなのかという問いに対し、御師たちは「出雲大社の神様である大国主命が多くの妻を持ったこと」や「素戔嗚尊(すさのおのみこと)の歌にまつわる夫婦円満の伝承」を持ち出し、人々を納得させたようです。
神のいどころ
この信仰が広まった背景には、江戸時代の人々の宗教観の変容も見逃せません。中世までは、「神や仏は特定の場所におらず、招いた時だけ現れ、終われば帰る」という「来訪神」の考え方が主流でした。しかし、この頃から寺社に神仏が「常駐している」という考えも広まっていきました。
「そこに神仏がいるのが当たり前」という感覚と、一方で「神様は帰る」という古い信仰が混在していたところに、御師たちの教えが受け入れられる余地がありました。
御師による「神社に神様は常駐しているが、旧暦10月だけは出雲での重要な会議のために留守にする」という解釈は、農民にとって受け入れやすく、また納得のいくものでした。出雲信仰は、常在する神様と帰る神様という矛盾を、「一時的な不在」として整理することで、人々の心を巧みに掴んだのです。
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島村恭則
民俗学者・関西学院大学社会学部長 教授
東京都杉並区生まれ。兵庫県西宮市在住。好きな季節は、沖縄の「うりずん」。3月下旬から4月下旬にかけての一年でもっとも爽やかな季節のこと。著書に『これからの時代を生き抜くための民俗学入門』(辰巳出版)、『昔話の民俗学入門』(創元社)などがある。
