こんにちは、料理人の庄本彩美です。今日は素材の力をダイレクトに感じることの出来る「天ぷら」についてのお話しです。
「春は天ぷら」
食いしんぼうな私は春めいてくると、この言葉がふっと頭に浮かぶ。
と言っても、本来は天ぷらに旬はない。どの季節の食材も、油のマジックにかかればシンプルな味が食べ応えあるご馳走になる。
実家の母が天ぷらを作る日は、特に食卓につくのを急かされた。「天ぷらは揚げたてが美味しいから」と、母は沢山の種類の食材を次々に揚げていく。おそらく祖母の時代から使っていたのであろう、油が染み込んで年季の入った天ぷら専用の竹ザルに、ザクザクと出来立ての天ぷらが並べられていった。私も弟も揚げるとほんのり甘くなる「さつまいも」と「玉ねぎ」が大好きで、母が置いた側から取り合って食べたものだった。
あんなに好きだった天ぷらだが、一人暮らしになってからはめっきり食べなくなった。
一人で作って食べるには油の準備や片付け、掃除が億劫だ。どうにも気が乗らず、長いこと天ぷらから離れてしまっていた。
そんな私の天ぷら愛が復活したのは、数年前の丁度この時期に開催された、野草の勉強会での出来事である。
野草はワイルドな味で食べにくいというイメージがあった私は、どのようにおいしくなるのだろうか…と半信半疑で料理の手伝いをしていた。
主催の野草取りの名人は、沢山の野草を見せてくれた。セイヨウカラシナの豆腐サラダや、ヨモギのキンパ、ノビルの味噌和えなど様々な調理方法で、野草たちがご馳走に変わっていく。野草らしい味は残っているものの、うまく合わさって美味しい。こんな野草も食べられるんだ!こうやって使うと面白いのか!と驚きの連続だった。
「山菜はやっぱり天ぷらが合うよ。天ぷらで揚げることで、山菜のアクが抜けるからね」
野草の名人はそう言って、ふきのとうやタラの芽、ユキノシタにヤブツバキの花を揚げてくれた。
正直私はふきのとうが苦手だったので、食べるのを戸惑った。
しかし、からっと揚がったつぼみは妙に私を誘ってくる。思い切って口に含んでみると、油で苦味が和らいでほろ苦い。そして鼻に抜ける香りが気持ちよく、体に染みる。それはまるで、冬の寒さでぎゅっと固まった体がふっとほころぶようだった。やっぱり、 ”春の皿には苦味を盛れ” なんだなぁと納得してしまった。
特に天ぷらは、他の参加者さんにも大人気で、揚げたそばから無くなっていく。揚げもののサポートをしながら、参加者さんの満足気な顔を見ているとなんとも嬉しい気持ちになっている自分がいた。その時ふと、実家の台所に立つ母の姿を思い出したのだった。
それからは、春先に山菜が手に入った時は、天ぷらを作ることが増えた。最近も友人に天ぷらをせがまれ、腕まくりをしてかきあげうどんをふるまった。専用の鍋を買い揃えたので、ぐっと揚げものの準備も楽になったのだ。
そしてやはり、「出来立てを食べて欲しい」とつい私はコンロの前に立ちっぱなしになってしまう。
でも、それでいい。コンロの前からしか見れない至福の時間があることを、私は知っているのだから。
庄本彩美
料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。
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