星を使った暦
暦は太陰暦、太陽暦、太陰太陽暦に大別されます。このほか雪形や花の開花、渡り鳥の飛来、あるいは雨季・乾季などを指標とするいわゆる自然暦もあります。ただ、天文との関係で忘れてはならないのが星にかかわる暦法です。星宿はその代表的なものですが、今回はシリウスとスバルをとりあげてみましょう。
シリウスと閏年の誕生
古代エジプトの暦は太陽暦ですが、実は恒星シリウスの動きに注目してつくられました。シリウス(おおいぬ座α星)は地上から見える最も明るい恒星ですが、当時は夏至の時期に太陽と同じ東の空に、日の出の直前に出現していました。そして、シリウスがあらわれた日を新年としていました。
シリウスの1年は365日でした。たまたまその時期はナイル川の氾濫するときでもありました。そのシリウス周期が1太陽年より約4分の1日短いことを天文学者たちは知っていました。しかし、神官たちが暦の修正を拒否していたのです。ようやく紀元前238年、プトレマイオス三世の時代になって、4年に一度、余分の1日を加えるという閏年を定めました。1年は365.25日となったわけです。しかし、これも神官たちの受け入れるところとはなりませんでした。ようやく、クレオパトラとユリウス・カエサル(シーザー)との出会いによって、エジプトの太陽暦にもとづきローマのユリウス暦が生まれました。そのユリウス暦を修正したのがカトリックのグレゴリオ暦であることはすでに述べましたので、ここでは繰り返しません(「こよみの学校」第2・3回参照)。とすれば、グレゴリオ暦誕生の遠い主役はユリウス、隠れた功労者はシリウスだったということになります。
スバルと雨期
他方、南半球の南米に目を転じると、多くの民族の間でスバル(おうし座のプレイアデス星団)が雨季と乾季の推移と結び付けられています。ブラジル・アマゾンの南緯10度あたりに住むタピラペ族の間では、スバルが西の地平線に隠れるのが雨季の終わりごろです。それは西暦の5月にあたり、1年で最大のお祭りがおこなわれる時期でもあります。6月にはスバルがふたたび見えるようになりますが、この間、スバルは喉の渇いた人が水を飲みに来る井戸の底に身を隠している、とかんがえられています。
スバル神話の解読
スバルについて南米の諸民族にはさまざまな伝承(神話)が伝わっていますが、先年100歳を超えて亡くなったフランスの文化人類学者レヴィ=ストロースは、スバルを中心とする天文学的コードを音楽の主題(基準神話)と変奏(若干異なる筋書きの神話)の比喩を使って解読しようとしました。その手際は、まったく無関係に見えるもののなかに関係を見出す名人芸だと称されています。
広い視野で感じる
フランスには「シリウスの視点から見るVoir les choses du point de vue de Sirius」という表現があります。近視眼的にならず、大所高所から見ることの大切さをあらわしています。他方、プレイアデスはギリシャ神話ではアトラスとプレイオネからうまれた7人姉妹であり、月の女神アルテミスに仕えたとされています。三日月や満月の近くに現れることはネブラ天穹盤のところでも触れました(「こよみの学校」第8回)。シンガー・ソングライター谷村新司の昴には「せめて密やかに この身を照らせよ」というくだりがあります。かくしてタイトルの副題を表記のとおりにしてみました。

中牧弘允
文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書に『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)、『こよみの学校』全5巻(つくばね舎)、編書に『世界の暦文化事典』(丸善出版)など多数。