こんにちは。巫女ライターの紺野うみです。
次第に夏の期間が伸びつつある昨今、心地よい気候の秋はあっという間に過ぎ去ってしまうもの。寒さが、肌の内側にじわじわと染み入る頃になりました。
分厚いアウターを出さないと風の冷たさに負けてしまったり、ちょっと油断すると布団のかけ具合ひとつであっという間に風邪をひいてしまったり。
冬ももう間近、すぐ隣までやってきているのを感じます。
今回ご紹介するのは、そんな晩秋に使われる「冬隣」という言葉。俳句の季語でもあるこの言葉は、暦の立冬(りっとう)を目前に控えて、寒さ厳しい冬がすぐそこに迫っている様子を言います。
立冬はまさしく冬の始まりということで「立つ冬」と書きますが、なんだか冬が手を揉みながら「よっし、ほんじゃ今年もはじめるかね」と気合いを入れて立ち上がるような、そんなイメージをしてしまいました。
立冬目前の「冬隣」には、生き物たちの方も緊張しながら「どうぞお手柔らかにお願いしますね……」と身構えて冬を待つような、そんな雰囲気。
寒さ厳しい冬には、やはり準備と心構え、そして乗り越えるための備えが肝要です。
山や森に住む動物たちも、それぞれに越冬の準備をして、食べ物を蓄えたり冬眠を始めたりしていることでしょう。
植物たちは、葉を落として寒さに耐えながらも、来たる春のために内側で新たな芽吹きの力を蓄え始めます。
私たち人間はと言えば、文明の発達のおかげでありがたい環境を生きています。
スイッチひとつで部屋は暖かくなり、一年中欠くことなく美味しい食べ物に恵まれ、冬の厳しさも本当の意味では感じられなくなっているのかもしれません。
でも、別の意味で複雑な人間の世界にも、さまざまな苦しみや哀しみが存在するもの。そういった精神的な「冬」が、私たちの身近には訪れることがあります。
この世界に一年中心地よい春が続くことがないのと同じように、私たちの人生にも耐え忍び乗り越えなければならない冬の季節は、どこかで必ずやってくるもの。
そんな時は、「冬隣」の動物や植物たちのように、気持ちをギュッと引き締めて、冷たい冬の中に飲み込まれないよう心を強く持たなければなりません。
必ず春はやってくると信じて、冬の期間をいかに乗り越えるのか考え、表面的には休息しながら内側に力を蓄えるくらいのしたたかさも必要なのではないでしょうか。
すぐ隣にやってきた冬に怯え、嘆きながら過ごすのはやめにして。この冬をいかに心明るく、楽しみながら過ごせるか。……そんなことを考えながら、日々の暮らしや状況に向き合うことも大切かもしれません。
季節はいつだって、私たちに必要なことを教えてくれます。
自然界の姿は、私たちの人生にとってかけがえのない教科書なのです。
冬隣、どんなに寒い日がきても、心は明るく温かく。

紺野うみ
巫女ライター・神職見習い
東京出身、東京在住。好きな季節は、春。生き物たちが元気に動き出す、希望の季節。好きなことは、ものを書くこと、神社めぐり、自然散策。専門分野は神社・神道・生き方・心・自己分析に関する執筆活動。平日はライター、休日は巫女として神社で奉職中。
