僧侶でライターの小島杏子と申します。
生活のなかに息づく仏教と暦のことについてお話します。
突然ですが。
わたしたちはいつか死にます。
生まれたからには、いつか死ぬ約束です。
いま生きていること、いつか死んでいくこと、死のその先のこと。仏教とは、これらの問題について、じっくりゆっくり思いを馳せて、わかったような気になったり、やっぱりわからないなぁと思ったりする営みだと私は思います。
日本の暦のなかにも、仏教に関する行事がいくつか登場します。それは、忙しい日々の生活のなか慌ただしい歩みを少し止めて、自分のいのちのことについて考えてみる機会でもあるのです。
2月15日は、生涯をかけて仏教の道を説かれたお釈迦様という方が、この世のいのちを終え、涅槃に入られた日です。この日、各地の寺院では涅槃会の法要が勤まります。
お釈迦様がこの世のいのちを終えられることを、「お亡くなりになる」とは表現しません。「涅槃に入る」とか「滅度に入る(入滅)」と言います。
涅槃とはインドの古い言葉サンスクリット語の「ニルヴァーナ」を音写したもので、もともと蝋燭の火を吹き消した状態のことを指す言葉なのだそうです。火が表すのは、煩悩。すべての煩悩が消え去った、完全な悟りの状態がニルヴァーナ、涅槃なのです。
私たちは限りある存在です。いくら長くても100年弱しか生きることができず、一度にひとつの居場所にしかいられません。時間的にも空間的にも有限なのです。そのくせ「こころ」という厄介なものを抱えているせいで、人の人生とはとても惑いの多いものになってしまいます。
それも考えてみれば当然のことです。限られたものしか見たことがない目で、限られた経験しかしたことのない頭で、物を見たり、人を判断しようとするのですから。
自分だけの物差しで、人や世の中や自分自身を計ろうとするとき、そこに生まれるのが迷いであり、苦しみであり、憎しみです。そういうものを煩悩というのです。仏教というのは、どうしようもない自分の煩悩との付き合い方を知る営みでもあります。
お釈迦様は、35歳のときすでに菩提樹(ぼだいじゅ)の下でお悟りになっています。しかし、身体はそこにあるのですから、やはり限りある存在です。お釈迦様がこの世のいのちを終えるということは、身体という執われを離れて、煩悩の吹き消された境地、つまり悟りの世界にお生まれになるということなのです。
お釈迦様のご生涯に関する法要はいくつかあります。お生まれになった4月8日の灌仏会(かんぶつえ)、お悟りを得たと言われる12月8日の成道会(じょうどうえ)、そして2月15日の涅槃会。そこには、お釈迦様がその人生をかけてお伝えくださった教えが、私たちのもとまで届いたということへの感謝や喜びが込められています。
はるか昔、遠い国で語られたお釈迦様の言葉が、現代の日本を生きる私たちのもとまで届いたということは、それらを伝えてきたたくさんの人たちがいた、ということです。暦のなかには、そういう名もなき一人ひとりの営みが編み込まれているような気がします。今日はそんな大切な日々のなかの一日。涅槃会の日のお話でした。
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