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御田植おたうえ

暦とならわし 2026.05.04

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こんにちは。巫女ライターの紺野うみです。

五月に入ると、日差しも一気に強く感じられるようになり、夏めいた陽気になってきます。
日本では古くから、五月から六月にかけて、いよいよ田植えが始まります。
私たち日本人の食文化には欠くことのできない、お米(稲)を育てる大仕事の始まりです。

それに伴って、全国各地では「御田植祭(おたうえさい)・御田植神事(おたうえしんじ)」が行われます。
これは、稲の豊作(五穀豊穣)を神様に祈り、御神前にお供えするお米の苗を植える、我が国の伝統的な農耕儀礼となる神事のこと。
神社の持つ「御神田(ごしんでん)」で、特別な装束に身を包んだ「早乙女(さおとめ)」たちが、田植歌や雅楽に合わせながらひとつひとつ手作業で苗を植えていきます。

「早乙女(さおとめ)」というのは、「さ(稲の神霊)」に「乙女(女性)」で、田の神に仕える聖なる女性という意味。田植え神事を行う若い女性、もしくは田植えを行う女性のことを言います。
日本神話の中で、お米(稲作)は日本の総氏神である太陽の女神・天照大御神(あまてらすおおみかみ)より授かったと伝えられています。

日本人にとって、米作りは特別なもの。お米を育てることそのものが「神事」につながっていて、とても尊い行いだということ。
その始まりに際して、まず田の神様、そして稲の神様に敬意をはらい、今年の実りが豊かなものになるようにという「祈り」が欠かせなかったわけです。

そして、春に植えた稲の苗が秋に稲穂となって実をつけるまでには、太陽・土・水・風といった自然界(神々)の力が不可欠です。
ですから、日本には各地に数えきれないほどの神社が存在し、季節ごとに人々の想いが込められた神事が大切に受け継がれてきました。
自然界の力なくして、人間の努力だけではお米も立派に育ちませんから、農耕の世界においては八百万の神様への祈りと感謝が、とても身近で重要なものとして魂の中に根付いていたに違いありません。

お米に限ったことではありませんが、人間にとって食べることは、そのまま体を動かすこと「生きること」に直結しています。
口に入るもののエネルギーが私たちの血肉となって、丈夫で元気な体、ひいては健やかな気力にまでつながって、私たちを生かしていると言えるのではないでしょうか。

さまざまな食べ物があるこの時代、私たちは時に、日々の忙しさにかまけて食べることすらおろそかに考えてしまうことがあります。
でも、それは神様から授かった命と、この世に生きるためにお借りしている肉体をないがしろにすることにも繋がりかねません。
どんなものでも、食べられればいい、お腹が満たされればいい、というわけではありません。

自然から授かったもの、大切に育てられたものには、それだけのパワーが宿っています。
もともと、気力・気持ちの「気」の字は「氣」と書いていました。つまり、中は「米」だったのです。
お米一粒には、七人の神様が宿っている、という言い伝えもあるように、それだけ「お米」のパワーは偉大です。

「御田植」のこの季節、改めて私たちにとってお米がいかに大切なものであるか、改めて考えてみませんか。
お米がいかにして生まれ、作られ、私たちのところに届けられているかを知り、その営みを大切にしながら感謝して食べていく。
日本人として、忘れずにいたい心のひとつです。

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紺野うみ

巫女ライター・神職見習い
東京出身、東京在住。好きな季節は、春。生き物たちが元気に動き出す、希望の季節。好きなことは、ものを書くこと、神社めぐり、自然散策。専門分野は神社・神道・生き方・心・自己分析に関する執筆活動。平日はライター、休日は巫女として神社で奉職中。

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