染織家の吉岡更紗です。私は、京都で200年以上続く染屋「染司よしおか」の六代目で、いにしえから伝わる技法で、植物を中心とした自然界に存在するもので染色をしています。
世界中でも類をみないほど数が多いといわれている、豊かな美しい日本の色。その中から、今月は「一斤染(いっこんぞめ)」についてご紹介したいと思います。
毎年7月に入ると、染司よしおかのスタッフは、三重県伊賀上野にある榮井農園さんに、この時期に最盛期を迎える紅花摘みのお手伝いに伺います。鋭い棘のある植物なので、手指に痛みを感じながら、ひとつひとつのお花を摘み取っていきます。今年はお花が大きく、咲く数も多かったので、摘み終えるまでに8日ほどかかりました。例年ですと、乾燥させた状態でおおよそ10kgの紅花が収穫できるのですが、今年はもう少し沢山収穫できるのではと、とても楽しみにしています。
紅花の花は、アザミに似た球状の形をしていて、黄色から次第に赤く変化していきます。茎の末である花を、あますところなく手で摘み取るため、古名は「末摘花(すえつむはな)」と言われていました。『源氏物語』に、光源氏と一夜関係を持つ、同じく末摘花という女性が登場します。非常に慎ましい性格の良い女性なのですが、彼女の容姿を「顔が青白く鼻が象のように垂れ下がっていて、その先が赤くなっていて酷いありさま」と表現していて、紅花の花と鼻をかけてそのようなあだ名をつけたと書かれています。
紅花は、現代では山形県が一大産地となっていますが、元々はエジプトやエチオピア原産とされていて、シルクロードを東に進み3世紀頃日本に伝わったとされています。寒冷な東北地方で紅花が栽培されるようになったのは江戸時代以降で、平安時代に編纂された『延喜式』によると、伊賀、伊勢、尾張、駿河など、関東以西の24カ国に限られていたそうです。
それぞれの地域で、中男(17才~20才の男性)1人につき、紅花を平均二両(約70g)納めるように義務づけられていたそうですが、伊賀国は生産数が多かったのか、1人につき七斤八両(約4500g)と定められていました。染司よしおかの工房の近くでも紅花を育てて頂いていますが、それに加えて伊賀上野の榮井農園さんに栽培の依頼をしたのも、この『延喜式』の記録を元にしています。
紅花を使って最も濃い紅色である「深紅」を綾一疋(約22m)染めるのには、二十斤(約12㎏)の紅花が必要とされていました。また紅花は「紅一匁、金一匁」と金と同じ目方で取引されるほど価値の高いものでした。
紅花で染められた色は、平安時代の貴族にとって羨望の的あり、濃い色は禁色とされ、着用できる方も限られていました。一般に許されていたのは、一疋につきわずか一斤(約600g)の紅花を使った淡い淡い紅色のみでした。そのため、その色を一斤染や、「量を守れば着てもよい」、と許された聴色(ゆるしいろ)と呼ぶようになりました。平安時代に大変流行した色ですが、それほどに平安時代に生きる方々が紅花で染めた色を着て輝きたいと思っていたということの証でもあったのです。
吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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