染織家の吉岡更紗です。私は、京都で200年以上続く染屋「染司よしおか」の六代目で、いにしえから伝わる技法で、植物を中心とした自然界に存在するもので染色をしています。
世界中でも類をみないほど数が多いといわれている、豊かな美しい日本の色。
その中から、今月は「唐茶(からちゃ)」についてご紹介いたします。

暦の上では秋を迎えてもまだまだ暑い日が続いていますが、時折吹き抜ける秋風に、長い夏の終わりを感じています。ようやく秋を迎えるこの頃、「秋らしい色」として、茶系の彩が気になるようになります。木の幹の色、実る団栗や栗の色、土の色、それらの色合いを、現代に暮らす私たちは「茶色」と表現します。

その語源は、日常的に飲む習慣となっている番茶や焙じ茶などの色からきています。日本におけるお茶の歴史は非常に長いのですが、(所説ありますが、)こうした色を「茶色」と称するようになった歴史は、実はそれほど古くはなさそうです。

茶を嗜む、喫茶の歴史の源流は中国にあり、日本には遣唐使によってもたらされたと言われています。その頃は大変貴重な薬として珍重されており、天皇を中心とする公家や、貴族、僧侶など限られた人々だけが口にすることが出来ていました。その後鎌倉時代に、宋に留学した僧・栄西が、茶の木の種を持ち帰り、それを京都高山寺の明恵上人はじめ各地に広めたのをきっかけに、お茶そのものが普及するようになります。
栄西の著した『喫茶養生記』にはお茶の種類や薬としての効能、飲用方法などが書かれていますが、この当時のお茶は蒸してから作る、現代でいう抹茶に近い飲み方であったようです。抹茶といっても、この時にはまだ緑茶のような茶葉の葉緑素を十分に残す技法が確立していなかったので、お茶の色はやや渋みのある緑系だったのではないかと思われます。
その後、明代に入った中国では、茶本来の味を損なうとして「餅茶」と呼ばれる茶葉を蒸したものを粉々にして乾燥させた固形茶の製造が禁止された為、散茶が製造されるようになりました。それにより茶葉を蒸すのではなく、釜炒りをしたり、乾燥させてから発酵させる方法などが確立します。このお茶が、日本へは江戸時代の初期に伝わりました。
長時間炒った釜炒りの茶葉にお湯を注ぐことで飲むお茶は、徳川幕府が諸藩で茶葉の栽培を奨励したことにより、その後広く普及し、上流階級の人だけではなく庶民に至るまで伝わります。このお茶が、番茶や焙じ茶の類いであり、今私達が「茶色」と表現する色であったのです。

中国から伝わったお茶の色として「唐茶」という色名が登場するのは、ポルトガル人が編纂し1603年に刊行された『日葡辞書』に「茶の色に似た一種の色合い」と書かれているのが最初と言われています。日本各地の様々な人々に伝わったお茶の色「唐茶」など茶系の色合いは、タンニン酸を多く含む木の実や樹皮などをつかい表しますが、その後様々な染料や媒染を工夫して、「~茶」と名付けられて色相が増え、江戸幕府の政策も相まって、最終的には「四十八茶」もの茶色が生み出されるようになりました。

吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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