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日本の色/蘇芳色すおういろ

にっぽんのいろ 2023.10.07

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染織家の吉岡更紗です。私は、京都で200年以上続く染屋「染司よしおか」の六代目で、いにしえから伝わる技法で、植物を中心とした自然界に存在するもので染色をしています。

世界中で類をみないほど数多い、豊かな美しい日本の色。その中から今月は「蘇芳色(すおういろ)」についてご紹介いたします。

蘇芳のかさね 写真提供:紫紅社

蘇芳色は、やや青みのある赤で、インド南部やマレー半島などに生育するマメ科の樹木から生み出される色です。樹木の中心に赤色の色素を含んでいて、それを細かく刻んだものを煎じて色素を抽出します。熱帯性または亜熱帯性に分布するため、日本では生育せず、古より大量の蘇芳を輸入していたという歴史があります。

蘇芳の木 写真提供:紫紅社

奈良時代、何度も日本への渡航を試みて、ようやく日本にたどり着き、その後帰化した鑑真和上(がんじんわじょう)の伝記『唐大和上東征伝(とうだいわじょうとうせいでん)』にも、蘇芳の木が非常に重要な貿易品で、船に沢山積まれていると記されています。日本の色は数多ありますが、その全てが国産の植物によって生み出されているのではなく、海の向こうからやってきた染料も多く使われていたということも、見逃せないポイントです。

蘇芳の木 写真提供:紫紅社
蘇芳の芯 写真提供:紫紅社

さて、10月下旬になると毎年奈良国立博物館では「正倉院展」が開催されます。聖武天皇が天平勝宝8年(756)に亡くなられた後、天皇御遺愛の品が東大寺正倉院に納められてから1260年以上の時が経っているのですが、これらは天平時代の華やかな文化の香りを伝世品として現在に伝える稀有な存在です。一年の内この機会にだけ、私達もその素晴らしい品々を拝見することができるのです。

正倉院宝物の染織品の中には蘇芳染めと思われるものが沢山ありますが、2023年は「楓蘇芳染螺鈿槽琵琶(かえですおうぞめらでんのそうのびわ)」が出陳されます。槽(背面)は楓の木を蘇芳で染め、そこに貝などを切り抜いて嵌め込み宝相華や鳥などの文様を描いています。当時は、木材を蘇芳で染めることによって、大変貴重な紫檀の代わりとしていたそうなのですが、布や糸以外の素材を染めるのにも使われていたことがわかります。

また、2022年の正倉院展では、蘇芳の木片そのものも展示されていました。蘇芳は別名「蘇木(そぼく)」と呼ばれ、染料以外の用途として止血や鎮痛の効果のある漢方薬として現代も使われており、正倉院には様々な方に施薬するための貴重な薬物として、今も保存されているのです。 

残念ながら「蘇芳の醒め色」という言葉があるように退色しやすいため、現存する染織品の多くは茶色に変色してしまっています。しかし天平時代以降、平安時代にも「深蘇芳」、「蘇芳のかさね」と書かれた記録が残り大変珍重されたことがわかりますし、桃山時代から江戸時代に至るまで、能装束や小袖の染色にも蘇芳が多用されていることを考えると、古代から近代までの長い間、日本の人々を大変魅了した、異国から届けられた赤であったと思うのです。

蘇芳で染める 写真提供:紫紅社

写真提供:吉岡更紗

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吉岡更紗

染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。

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