朱色、紅、古代紫、葡萄色、縹色、萌黄色、女郎花色…日本には沢山の美しい色の名前があります。例年に比べて桜の開花が遅かったので、暖かくなるのはもう少し先になるのかしらと油断していたら、4月中旬から初夏のような気候が続き、あれよあれよとハナミズキの苞が開き、藤の花も風に揺れながら、優美な姿で美しく咲いています。今回はその花色、「藤色(ふじいろ)」についてご紹介いたします。
風薫る五月、この季節に咲く花は藤にはじまり、桐、杜若、菖蒲、楝(おうち)など、何故か紫系の色が多いのが不思議なのですが、新緑の美しい葉の若草色と紫の花の彩りの組み合わせは何とも美しく、ついつい見入ってしまいます。
藤の花は、今は藤棚が設えられたところで見ることが出来ますが、元々は山の中に自生するつる性の山藤で、他の樹木に巻き付くように絡みながら伸び行く植物です。『万葉集』に「恋しけば形見にせむと我がやどに植ゑし藤波今咲きにけり」(山部赤人)など、藤の花について詠んだ歌が20首以上残されています。この歌から奈良時代には、山藤だけではなく、都の中の様々な場所や邸宅に植えられていたことが分かります。藤波というのは、鈴なりに咲いた藤の花房が波のように風に揺れる様子のことで、いにしえの人々はそのさまを花の色と共に楽しんでいたのでしょう。
中臣鎌足が大化の改新などの功績によって天智天皇から「藤原」姓を賜り、それ以降政権の中枢を担った藤原家を象徴する花として、藤は非常に大切にされていました。春日大社や、大原野神社、平等院など藤原氏ゆかりのある社寺にも多くの藤が植えられています。また、その花色が、紫で非常に高貴な色であることから、藤原氏が栄華を極めた平安時代には、藤色は「色のなかの色」とも言われていたようです。
藤原氏の一族である紫式部が描いた『源氏物語』にも藤壺の宮という、主人公光源氏の継母が登場しますし、物語の中には何度か「藤の宴」が開かれている様子が書かれています。藤原道隆の娘、中宮定子に仕えた清少納言は『枕草子』の中で、「木の花は、濃きも薄きも紅梅。桜は花びら大きに、葉の色濃きが、枝細くて咲きたる。藤の花はしなひ長く、色濃く咲きたる、いとめでたし」=藤の花が長くしな垂れて、紫の色が濃く咲く様子が素晴らしい、と書いています。
また、「なまめかしきもの」=優美で色っぽいものとして、「むらさきの紙を包み文にて、房ながき藤につけたる」=鈴なりに花のついた豊かな房の藤の花に、その色を表すような淡い色に染められた薄い紙で包んだ手紙を添えたものを挙げています。
この高貴で優美な藤の花の色は、古来より紫草の根を使い染められてきました。根を石臼で砕いて麻袋に入れ、湯の中で揉むと、鮮やかな紫色が現れます。『万葉集』には、「紫は灰さすものそ海石榴市(つばいち)の八十の衢に逢へる児や誰」(作者不詳)という歌が遺されています。つば市の辻で出逢った女性の名前を尋ね、求婚の気持ちを詠っているのですが「つば市」に「椿」をかけていて、男女の恋が成就するように、紫草の根で染めた後、椿の灰に含まれるアルミニウム成分を利用して媒染をすることによって、紫色が定着するということを教えてくれています。やや淡いながらも、凛とした青みのある紫の藤の花の色も同様の方法で染め上げることができるのです。
写真提供:吉岡更紗
吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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