朱色、紅、古代紫、葡萄色、縹色、萌黄色、女郎花色…日本には沢山の美しい色の名前があります。今回は、そろそろ蒸し暑くなるこの季節に、爽やかで涼し気な印象のある「浅葱色(あさぎいろ)」についてご紹介したいと思います。
その名からもわかるように「浅葱色」とは、葱の嫩葉(わかば)の色を表していて、やや緑色を帯びた淡い藍の色のことを言います。色見本は、藍の生葉染めで表しています。夏、蓼藍の葉が成長して青々とした色になったころに収穫し、刻んだ後酢水で揉むと、葉の持つ青い色素が葉緑素と共に溶けだしてくるのですが、そこに布や糸を浸して染める方法で、蓼藍の葉を発酵させて染めるいわゆる藍染めの色とは違い、澄んだ爽やかな色となるのが特徴です。
平安時代に書かれた『枕草子』に「浅葱の帷子」という言葉が出てくるため、その色名は平安時代にすでにあったということがわかります。また、『源氏物語』「少女」にも「浅葱」の色について書かれている場面が出てきます。主人公光源氏が、元服した息子夕霧に高い官職を与えることも考えますが、若い内は苦労をした方がいいと六位にとどめ、大学へ行くことを勧めます。大学に進んだ夕霧は、出自から考えると身分としては自分の方が高いのに、他の方々よりも位が低いことを表す浅葱色の袍を着ていることに少々不満を持っている…というなんとも言えない切ないシーンです。
また、時代がかなり超越しますが、「浅葱色」というと、江戸時代末期に組織された新選組の隊士が着用していた法被の色というイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。残念ながら実物は1枚も現存していないのですが、新選組の隊士が大丸百貨店の前進である「大丸呉服店」でだんだら模様の法被を新調したという記録が残されていたため、2020年その法被を復元するプロジェクトが立ち上がり、染司よしおかで糊伏せをしてだんだら模様を白く残し、青く地色を染める作業でご協力をさせて頂きました。数少ない資料を突き詰めていくと、法被に用いられた色は、それほど明るくなかったのでは?という結論が出た為、このプロジェクトでは生葉染めではなく藍の葉を発酵させて藍甕に建てた方法で染める、淡い縹色に染めることになりました。ちなみに、ギザギザのだんだら模様は、忠臣蔵の討ち入りの際に四十七士が来ていた模様を取り入れていたのだそうです。
浅葱色は、武士が切腹する際の裃(かみしも)の色であったそうで、常に死を覚悟しながら、当時政治の中心であった京都の動乱を守るという意味合いも込めて、この色が選ばれたのでは、とも言われています。ただ、この色と白く残された模様があまりに目立つために、隊員からは大変不評で、1年程で皆上下共に黒い装束に変更したという記録も遺されています。これから暑い夏を迎える前に、涼やかな浅葱色…という感じでお話しを進めるつもりだったのですが、色の持つ意味は、「位の低い色」や「切腹」など時代それぞれに変わっていくものなのですね。
吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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