こんにちは。
俳人の森乃おとです。
草木が見渡す限り緑色に染まり、すがすがしい風の中でハイキングを楽しむ季節となりました。高原の湿原では、純白の妖精のようなミズバショウも見頃を迎えます。
昭和の名歌『夏の思い出』
ミズバショウ(水芭蕉)はサトイモ科ミズバショウ属の多年草。シベリア東部、サハリン、千島列島、カムチャッカ半島、そして日本の北海道と中部地方以北の本州の湿地に自生します。
ミズバショウといえば、「夏が来れば 思い出す」というフレーズを口ずさむ人も少なくないでしょう。尾瀬国立公園の湿原(尾瀬沼・尾瀬ヶ原)の情景を歌った昭和の名歌、『夏の思い出』(作詞・江間章子/作曲・中田喜直)の冒頭です。この歌は、戦争が終わって間もない1949年に発表されました。
その中で「水芭蕉の花が咲いている/夢見て咲いている水のほとり」と紹介され、当時、まだ多くの人にとって、実際に目にするのは困難だったミズバショウへの憧れを誘いました。
純白のマントは花の集まりを守るための苞
ミズバショウは雪解けとともに、塊茎から葉を伸ばし、その間から純白の苞(ほう)を開きます。これは花びらではなく、花の集まり=花序(かじょ)を保護するために、葉が変形したものです。仏像の背を守る光背に形が似ているために、仏炎苞(ぶつえんほう)と呼ばれます。色や形は種類によって異なりますが、仏炎苞を持つことがサトイモ科の花の共通の特徴です。
仏炎苞に包まれた黄色い円柱状の部分が花序で、肉質の棒のように見えることから、肉穂(にくすい)花序と呼ばれます。高さは8~15㎝。花序の表面には数十個から数百個の小花が集まっています。
ミズバショウの葉は、花が咲き終わった後に盛んに根出し、ぐんぐん生長し、高さ80 cm、幅30cmにも達します。和名の「ミズバショウ」は、巨大化した葉の形が芭蕉布の材料に利用されているイトバショウ(糸芭蕉=サトイモ科バショウ属)の葉に似ていること、また水辺に生えることに由来します。
開花時期は低地では4月から5月、尾瀬での開花期は、5月から6月です。ちなみに俳句の世界では「水芭蕉」は夏の季語となりますが、夏本番の7月、8月にはミズバショウは咲き終わっていますので、ご注意のほどを。
冬眠明けのヒグマの腸を動かす「熊の草」
北海道を中心としたアイヌ文化では、ミズバショウを「パラ・キナ」「イソ・キナ」と呼びます。パラ・キナとは、「広い草」の意で、葉っぱの幅が広いことを意味し、イソ・キナは、「熊の草」という意味です。
ヒグマは穴ごもりする冬眠前、木の皮やブドウの蔓など堅いものを食べ、腸を糞で塞いでしまうといいます。そのため何も食べずに穴の中で眠ることができるのです。
そして春、冬眠から覚め穴から出てきますと、毒をもつミズバショウを下剤代わりに食べ、腸を動かすのだとか。だから、「イソ・キナ=熊の草」。アイヌの人々は、昔からヒグマをよく観察していたのでしょう。
一方、英語圏では、“Asian skunk cabbage”や“White skunk cabbage”「アジアのスカンクのような臭いがするキャベツ」「白くて臭いキャベツ」と、呼ばれます。
「skunk cabbage」とは、同じサトイモ科で仏炎苞が赤黒い「ザゼンソウ(座禅草)」のこと。ザゼンソウは受精を媒介してくれるハエを集めるため、スカンクの出す分泌物に似た悪臭を放ちます。姿こそ似ていますが、ミズバショウにはそのような匂いは全くありません。
ミズバショウの花言葉は「美しい思い出」「変わらぬ美しさ」。いずれも、日本で「長く歌われ親しまれている歌曲」の一つとなった『夏の思い出』に由来します。
山岳信仰で知られる山形県鳥海山の山麓に生まれた歌人、鳥海昭子は懐かしき「ちちははの家」に咲くミズバショウを詠んでいます。
作者の生家は、鳥海山修験の三十三坊の筆頭家格として宿坊「山本坊」を営んでいて、その古い井戸からは常に豊かな清い水があふれていたのでしょう。ミズバショウの清冽な白は神宿る鳥海山への、そして今は遠き「ちちはは」への、切ない慕情のようでもあります。
誰しもの心の奥底にある、消えることのない記憶のように、ミズバショウは今年もまた、清らかな白き花を咲かせてくれることでしょう。
ミズバショウ(水芭蕉)
学名Lysichiton camtschatcensis
サトイモ科ミズバショウ属の多年草。シベリア東部、サハリン、千島列島、カムチャッカ半島、日本の北海道と本州の中部地方以北の湿地に自生。花期は5~7月。純白の仏炎苞を立ち上げ、数百個の小花からなる肉穂花序を保護する。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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