染織家の吉岡更紗です。朱色、紅、古代紫、葡萄色、藍色、萌黄色…日本では様々な美しい色の名前がつけられてきました。今回は、その中から「藍(あい)」についてご紹介いたします。
毎年、7月中旬から8月末頃まで、染司よしおかの工房では、沈殿藍の仕込みをしています。
沈殿藍とは、同じ蓼藍(たであい)の葉を使うのですが、「浅葱色」の回でご紹介した生葉染めとは異なる方法です。梅雨明けに成長した蓼藍の葉を刈り取り、それを大きな浴槽に入れてお水を張り、2、3日待ちます。その間に蓼藍の持つ青い色素が水に溶け出すのですが、この時に何とも表現しがたい香りが漂いはじめます。
私はこの香りを嗅ぐことで夏の到来を感じ、これを「染司よしおか 夏の香り」と呼んでいます。「夏の香り」が漂いはじめたタイミングで葉を取り出し、木灰や石灰などアルカリ性のものを入れて空気をおくりながらかきまぜると、次第に藍の色素だけが泥状となって沈殿しはじめます。2、3日で上澄みを捨て、この泥状となったものを乾燥させて保存しておくと、藍染めをする材料となるのです。
この沈殿藍は、インドや沖縄などで行われている方法で、他には「蒅(すくも)」とよばれるものもあります。葉を刈り取った後、乾燥させながら葉と茎を分け、葉の部分だけに水をかけて発酵させ、まるで堆肥のような状態にして保存しておく方法です。日本では徳島や播磨などでこの方法が行われています。
どちらの方法で得られた色素も長期保存が出来るのですが。これを木灰からとった灰汁と共に藍甕(あいがめ)に入れて十日ほど置き、そこにふすまをいれると発酵が進み、藍染めが出来る状態となります。藍甕の中をかきまぜた時に出来る泡が消えずに残っていると「藍の花が咲く」と表現しますが、この状態になると藍染めが出来るようになるのです。
「ジャパン・ブルー」という言葉もあり、藍染というと日本独自という印象があるかもしれませんが、古来世界中で行われていた染色方法です。エジプトでは紀元前3000年前から藍染めが行われていました。ミイラなどを包むのに天日で漂白した亜麻の布を用いるのですが、その織物の耳近くに藍染めの糸が1,2本織り込まれています。その他インド、ペルシャ、中国など古代文明の栄えた地では、植物の種類は違っても、藍の色素を持った葉を使う藍染めの技術が確立されていたのです。
中国は戦国時代(紀元前403~前221)の思想家荀子(じゅんし)は『荀子』勧学編にて「青は藍より出でて藍より青し」と記しています。これは、後に「出藍の誉れ」という諺(ことわざ)となりますが、弟子が師よりも勝り優れた能力を発揮するという意味合いで使われています。青の色は、藍の(色素を持った)葉で染めるが、染め上がった色はその葉の色よりも濃く美しい、ということからそのように書かれています。この時代にすでに藍染めの技術が確立されていた証でもあります。日本でも藍染めの技術が伝わり、古から長い間行われきました。「ジャパン・ブルー」と称されるようになるのは、江戸時代末から明治時代初頭ですが、こちらはいずれ「紺」の回でお話しさせて頂ければと思っています。
吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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