染織家の吉岡更紗です。朱色、紅、古代紫、葡萄色、藍色、萌黄色…日本では様々な色に美しい名前がつけられてきました。今回は、「紅梅色(こうばいいろ)」についてご紹介致します。

年が明け、小正月が過ぎた京都は、更に寒さが厳しくなってきています。ただ、その寒さのおかげで空が澄みわたり、帰り道の夜空に見える月や星が、より美しくみえるような気がします。以前「常盤色」の回でも触れましたが、この季節は「歳寒三友」と呼ばれる3つの植物が大事にされてきました。三友とは松、竹、梅のことで、どの季節にも美しい緑をたたえる松、風雪に耐えてまっすぐに伸びる竹、そして雪の降る中も蕾を少しずつ膨らませる梅が、厳しい寒さの中に彩りを与えてくれる友である、と考えられていました。
寒い中でもかわいらしい蕾をつける梅は、元々日本のものではなく中国が原産でした。かつて遣唐使が持ち帰ったもので、当初は白い梅のみだったと言われています。『万葉集』に「初春の令月にして 気淑く風和ぎ 梅は鏡前の粉を披き 蘭は珮後の香を薫す」と大伴旅人が詠んだ詩が残されています。これは新元号が「令和」という名となったきっかけの詩とされていますが、梅が、美女を彩る白粉(おしろい)のように、かぐわしい香りを漂わせていると、やはり白梅のことを詠っています。

その他にも『万葉集』には118首も白梅について詠まれた詩が残されており、当時は桜ではなく、花といえば梅のことを言い、(桜の)花見ならぬ「梅見」もよくされていたようです。
平安時代に入り、新たに紅梅が招来され、あでやかな紅梅が好まれるようになっていきます。『枕草子』には、「木の花は、濃きも淡きも紅梅」と書かれ、『源氏物語』にも紅梅を愛でる場面がいくつか登場します。「梅枝」の帖では、光源氏の一人娘、明石の君の入内にあたって、朝顔の前斎院からお祝いの薫香が届きます。光源氏は、朝顔の君を長く思い続けていて、今も心残りがあり、「紅梅襲の唐の細長添へたる女の装束」をお返しに贈ります。そうすると君からのお礼の手紙も紅梅色に染めた色紙にかかれ、それを小さく折りたたんだ結び文には、庭に咲く紅梅の枝を折って添えられていたと書かれています。

当時の人々は、季節にあったかさね色の装いをすることがセンスや教養の現れと考えるところがありましたので、手紙の色やそれに添える枝も梅を選び、もしかするとその手紙は梅の香りを思わせる香がつけられていたのでは、と想像し、当時の方々の豊かな感性にうっとりします。
立春を過ぎると三寒四温を繰り返す中で、時折、紅梅の花の上に雪が積もるときもあります。当時の方々はその様子を「雪の下のかさね」といい、濃く染められた紅梅を表した色合いの上に、薄い白の絹をかさねて楽しんでいたといいます。
紅梅の色は、紅花や蘇芳という東南アジアから輸入されている木の芯を使って表します。あでやかな濃い紅色や、蘇芳から生み出される青みのある濃い赤は、紅梅のように、におい立つような深くあでやかな色です。また、その紅花を染める際には、「烏梅」とよばれる梅の実の燻製を使い、鮮やかな色を発色させます。花色を表すためにその実を使うとは、自然の染色の方法は、本当に不思議なものだなと思わされます。


吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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