お正月の食卓には、おせち料理とお雑煮が欠かせませんね。
新年だからこそ、一年の始まりに縁起の良い食べものをいただきたいという気持ちは、今も昔も変わらないものです。ここでは、代表的なおせち料理とその謂れ、地域に根付く独特のお正月料理についてもいくつかご紹介します。
祝い肴(いわいざかな)
まずは祝い肴三種を見てみましょう。
これらは古くから婚礼などの儀式にも欠かせないお酒の肴でした。関東では「数の子、黒豆、田作り」、関西では「数の子、黒豆、たたきごぼう」の3種とするのが一般的です。江戸時代には全国的に作られており、伝統的なおせち料理の定番といえます。
子孫繁栄、子宝に恵まれる縁起物「数の子」
数の子はニシンの卵です。ニシンは別名「カド」とも呼ばれ、古くは「カドの子」と呼ばれていたものが転訛して「カズの子」「数の子」になったといいます。ニシンの卵巣には数万もの卵がびっしり詰まっているため、子孫繁栄、子宝に恵まれる縁起物として、江戸時代には全国的にお正月の祝い肴に欠かせないおめでたい食べものとなりました。
一年の無病息災を願い食べられる「黒豆」
「まめ」には、健康や丈夫であるという意味があります。語呂合わせで縁起を担ぎ、今年一年の無病息災を願って、黒豆や煮豆をお正月に食べるのです。黒豆と呼ぶのは比較的新しく、古い料理書には「座禅豆」の名前で登場しています。現在は甘く煮たものが定番ですが、江戸時代には醤油で塩辛く煮たものと砂糖を入れて甘く煮たものの2種類があったようです。
五穀豊穣、健康長寿を願う「田作り(ごまめ)」
田作りはカタクチイワシの稚魚の素干しをあぶって、飴煮にしたものです。昔は干した小鰯を灰に混ぜて田んぼの肥料としており、そうすると稲がよく育ち豊作になったことから「田作り」と呼ばれました。また、近畿地方を中心に「ごまめ」とも呼ばれ、「五万米(ごまめ)」や「御健在(ごまめ)」などの字をあて、五穀豊穣、健康長寿を祈願しました。
土地に根づいて栄える縁起物「たたきごぼう」
地中深くまでしっかりと根を張るごぼうは、家や商売が土地に根づいて栄えることにつながり、縁起が良いとされました。ごぼうの皮をこそぎ落とし、酢水に浸してアクを抜いてから、柔らかく茹でて、醤油や酢で調味します。特にごぼうの名産地が多い近畿地方では、正月の祭事に供された神饌のごぼうが、おせち料理に発展したという説もあります。
そのほかのおせち料理
江戸時代に定着した伝統的な祝い肴に加えて、明治時代以降はつぎつぎに新しいおせち料理も登場し、おせちのバリエーションが豊かになっていきます。今でも重詰めに欠かせない定番のおせち料理の中から、いくつかをご紹介しましょう。
商売繁盛や実り豊かな一年を祈願する「栗金団(くりきんとん)」
大人向けの料理が多いおせちの中で、子どもたちにも人気のある栗金団。美しい黄金色を金銀財宝にたとえて、商売繁盛や実り豊かな一年を祈願するおめでたい一品です。「きんとん」という名の料理は古くからあるものの、おせち料理として栗金団が食べられるようになったのは明治時代以降。さつまいもの甘い餡をまとった栗の甘露煮が、重箱に彩りを添えてくれます。
学業成就や知識が増えることを願って食べられる「伊達巻(だてまき)」
白身魚のすり身に卵を混ぜて、砂糖や味醂で甘めに調味して焼き上げ、巻き簾で渦巻き状に巻いた料理。かつて、文書や絵巻は巻物の形で読まれていたため、学業成就や知識が増えることを願って食べられます。長崎で発展した卓袱料理のひとつ「カステラかまぼこ」がもとになって伊達巻ができたという説もあります。そのためか、粋でお洒落という意味の言葉「伊達」を冠した名前がつけられました。
おめでたい色の組み合わせ「紅白蒲鉾(かまぼこ)」
紅白の組み合わせは日本では伝統的におめでたい催しに欠かせない色とされました。また、蒲鉾の半円形は「初日の出」のイメージに通じるとして、紅白の縁起の良さと合わせて親しまれてきました。飾り切りを施すとさらに美しくなるため、「市松」「手綱」「孔雀」などの切り方で手を加えると、一層おせちを華やかにしてくれる存在です。
「よろこぶ」の語呂合わせから、おめでたい食べものの代表格に。「昆布巻き(こぶまき・こんぶまき)
海藻の中でも昆布は希少価値が高く、幅広く成長するため縁起が良いとされ、古来、神社の神饌などに用いられました。古くは「ヒロメ」と呼ばれ、「広める」に通じるとして祝儀に好まれ、次第に「よろこぶ」の語呂合わせからおめでたい食べものの代表格となりました。鏡餅のお飾りや結納の品に使われるなど、様々な祝い事に欠かせない食材です。おせち料理では昆布巻きにされることが多く、芯には身欠き鰊や塩引き鮭が目立ちますが、土地によってはワカサギやウグイなどもありバリエーション豊かです。
健康長寿を祈願してお祝い事に食べられる「海老(えび)」
海老は、その長く伸びた髭や曲がった腰が長生きの老人を連想させるとして、健康長寿を祈願して、お祝い事に食べられてきました。もともと「エビ」とは、体色が葡萄色(えびいろ)であることからつけられた名前ですが、その老人のような見た目に合わせて「海老」や「蛯」の字をあてるようになったといいます。特に伊勢海老は、まるで武将の鎧のような硬い殻と長い髭が見事で、お正月や結婚式などの祝儀に好んで使われます。
地域で愛される正月料理
全国的に知られたおせち料理だけでなく、もちろんそれぞれの土地で愛されるお正月の料理もあります。ここからは、地域性のある正月料理を3つご紹介したいと思います。
大阪府「睨み鯛(にらみだい)」
威風堂々とした姿の見事さや色の美しさ、味の良さも相まって、魚の中で最もおめでたいとされるのが鯛です。「めでたい」に通じる語呂合わせも好まれ、慶事には必ずと言っていいほど供される魚でしょう。大阪や兵庫などの関西地方では、お正月に「睨み鯛」という尾頭付きの鯛の塩焼きを飾る風習があります。三が日の間は手をつけず、正月4日以降に箸をつけ、焼き直したりして家族でいただくご馳走です。
東京都「コハダの粟(あわ)づけ」
江戸時代から江戸前の海で獲れたコハダは、当時から握り寿司のネタにも欠かせない魚でした。また、成長とともにコハダ、コノシロと呼び名が変わっていくため縁起が良いとされる「出世魚」でもあります。コハダの粟づけは、コハダに黄色く染めた粟や唐辛子をまとわせて酢漬けにしたもの。立身出世や五穀豊穣を願って、おせち料理に加えれば重箱が華やぎます。
宮城県「ナメタガレイの煮付け」
仙台市を中心に、年越しのご馳走にナメタガレイの煮つけを食べる習慣があります。大きく成長するカレイで、お正月用には黄金色の卵がぎっしり詰まった子持ちが売られます。そのおいしさや縁起の良さから、子孫繁栄や商売繁盛を願って食べられるようになりました。比較的新しい風習で、戦後になって年取り魚として広まり定着したようです。
読者の皆さんの土地にもきっと「うちのおせち料理」があるはずです。一年のはじまりに縁起の良い食べものを食べて、今年一年の幸せを願いましょう。
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大阪府生まれ。新緑のまぶしい春から初夏、めったに降らない雪の日も好きです。季節が変わる匂いにワクワクします。著書は『日本を味わう366日の旬のもの図鑑』(淡交社)、『和食手帖』『ふるさとの食べもの』(ともに共著、思文閣出版)など。