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蚕起食桑かいこおきてくわをはむ

二十四節気と七十二候 2020.05.21

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和暦研究家の高月美樹です。
今日は七十二侯の「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」です。

養蚕は江戸時代から全国で行われていましたが、大正から昭和初期にかけて日本の輸出の主力製品といえば、絹でした。品質のよい「ジャパンシルク」は高値で取り引きされ、世界市場の6割を占めていた時代もあります。

こんな小さな日本列島で、それだけの絹を産出していたのですから驚くべきことですね。以前、骨董市で、輸出用シルクのラベル集を見て、古き良き時代の美しいデザインの数々にうっとりしたことがあります。

今の時期、農家では田んぼの作業と蚕の世話をする時期が重なるため、猫の手も借りたいほどの忙しさでした。生まれた蚕は1齢から4齢まで脱皮と休眠を繰り返し、5齢となった最後の1週間、眠ることなく、膨大な量の桑の葉を食べてから、繭を作ります。

蚕は新鮮な桑の葉しか食べないため、1日に何度も新しい桑の葉を足してやらなければなりません。夜中でも食べ続ける食欲旺盛な蚕たちを満足させなければ、繭の出来にも影響します。採っても採っても足りなくなってしまう桑の葉。そんなわけで卯月(現在の5月頃)の別名は「木の葉採月(このはとりづき)」といいます。

月更けて桑に音ある蚕かな 召波

江戸中期の俳人、召波の句です。真夜中になっても猛然と食べ続ける蚕たち。
蚕の食む音が止まない月の夜。七十二侯の「蚕起桑食」はそんな光景をさしています。ちなみに「猫の手も借りたい」という言葉や、商売繁盛の招き猫はこの養蚕と関係があります。詳細は以前のコラムに書きましたので、こちらからご覧ください。

清和月|和暦コラム(5月)
https://www.543life.com/column05.html

ところで桑の葉は近年、糖尿病や高血圧などを改善するすぐれた健康食品として注目されています。桑の葉は蚕ではなく、人間が食べるものになりつつあるようですし、蚕の糸も人工血管など最先端の医療素材として脚光を浴びています。時代はどんどん変化し、再び桑の木や蚕糸が必要とされるときがくるのかもしれません。

さて、養蚕はもはやなかなか見られない光景ですが、森の中にいけば、野生の蚕たち、野蚕(やさん)に出会うことが結構、あります。私が大好きなのはなんといってもヤママユガ科のクスサンです。

幼虫の時の姿もとても美しく、青い斑点つきの鮮やかなグリーンの身体。長く白い毛があることから、シラガタロウ(白髪太郎)という愛称や、シラガダユウ(白髪大夫)という優美な呼び名も。7〜8センチほどもあり、大きいのでびっくりするかもしれませんが、毒はありません。

クリ、コナラ、クスノキなどの葉が好きで、最後にスカシダワラ(透かし俵)と呼ばれる、精緻で美しい籠を編み上げ、その中で蛹の期間を過ごします。

ご覧ください。ツヤツヤしたセリシンが美しい作りたての繭。なんて、器用なんでしょう。

秋に羽化したあと、空繭が枝にポツンとついていることもありますし、冬になると地面に落ちていることもよくあって、自然界の造形の素晴らしさを感じさせてくれる森の風物です。

成虫はこんな姿で、模様の鮮やかな見事な羽です。

最後に季語をひとつ。

蚕が桑の葉を食べる音を「蚕時雨(こしぐれ)」といいます。小雨が降っているような、サーッという心地よい音です。そんな静かな雨が降ったら、新緑に滴り落ちる青時雨(あおしぐれ)を眺めつつ、蚕が葉を食べる音はこんな音かな、と想像してみてください。

梅雨が近づき、青い花が多くなってきました。紫陽花もつぼみをつけています。

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高月美樹

和暦研究家・LUNAWORKS代表 
東京・荻窪在住。和暦手帳『和暦日々是好日』の制作・発行人。好きな季節は清明と白露。『にっぽんの七十二候』『癒しの七十ニャ候』『まいにち暦生活』『にっぽんのいろ図鑑』婦人画報『和ダイアリー』監修。趣味は群馬県川場村での田んぼ生活、植物と虫の生態系、ミツバチ研究など。

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