雨水の初候は、土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)。この候をそのまま表現したかのような俳句があります。
いかがでしょうか。眠っていたくさぐさの種が一斉に目を覚まし、小さな虫や微生物たちが動き出す。土の中にひしめきあう命のにぎわいが気配として感じられます。
暦便覧では「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となれば也」とあります。凍て土の表情が変わり、雪解け水も増してきますが、寒の戻りで霜もみられるころ。日が上がると、その霜も解け、凍土は日毎に湿り気を帯び、生気を取り戻していきます。
山の養分をたっぷり含んだ雪解け水は蘇りの水ともいわれ、種子の発芽を促し、鶏の産卵率を高めるなど、あらゆる動植物を活性化することが実証されています。
「万物生(ばんぶつしょう)」という言葉をご存知でしょうか。早春、ありとあらゆるものに新たな命を与える春の雨のことです。大地をうるおし、地中の虫を目覚めさせ、ものの芽を育むので、この名があります。
春は風の季節であると同時に、間違いなく雨の季節でもあります。パラパラと降ってはやむ春時雨(はるしぐれ)。雪をとかすことから雪解雨(ゆきげあめ)、暖雨(だんう)、慈雨(じう)、春の糸など、さまざまな呼び名があります。
雨が降る度に気温があがり、土が湿り気を含み出す二十四節気の雨水は、農事の準備を始める目安とされてきました。「春の土」には、さまざまな子季語があります。土恋し、土現る、土匂う、土の春。春の泥、春泥(しゅんでい)。大地の静かな脈動、希望に満ちた土のうるおい。陽光を浴びててらてらと光る泥は眩しく、足元を濡らすぬかるみにさえ、喜びを感じます。
遠くにみえる雪間の土が紫にみえたりするのも美しく、目を細めてみてしまうような光景です。まだらにとけていく雪と土に、植生の違いや日当たりが関係していることもよくわかる季節です。
雪が最初にとけるのは、木の根の周辺です。樹木の周囲だけ、丸い穴をあけたように雪がとけているのを見たことはないでしょうか。季語ではこれを「木の根明(あ)く」といい、「根明き」「雪根開き」という言葉もあります。春の兆しを感じるなんとも美しい自然現象です。
とくにブナやシラカバなど、大量の水分を吸い上げる樹木で多くみられ、根から吸い上げる土中の水が外気よりも温かいため、周囲の土がとけていくというしくみです。枯れ木や材木でも同じようにとけますが、その場合は黒っぽい木が熱を吸収しやすいので、その反射熱で、周囲の雪がとけるようです。樹木の周りだけ、深い穴がぽっかりとあいたような光景にはなんともいえない趣があり、あらわになった土と雪のコントラストをしげしげと見てしまうことがあります。
福寿草の周りの雪だけがとけているのも同じような現象です。黄色のパラボナアンテナのような形をした福寿草の花は、実際に太陽の熱を集めるためにこの形にデザインされています。そのため雨や曇りの日は閉じていますし、天気のいい日は大きく開いて太陽の位置にしたがって首を振り、花の中央の温度は7度も高くなっています。
早春に訪れる虫たちは、この花を訪れることで凍えそうな体をしっかりあたためてもらう、という恩恵を受けています。福寿草はスプリングエフェメラルのひとつで、他の花よりも早く花を咲かせることで確実に虫たちを呼び寄せ、競争が激しくなる頃には地上から消えてしまうという戦略をとっています。
小さなくさぐさが地面を覆い始める下萌えの季節。ぜひ大地に目をむけてみてください。青い小さなオオイヌノフグリも咲き出しています。
文責・高月美樹
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