みなさま、新年あけましておめでとうございます。
第六十六候「雪下出麦(ゆきくだりてむぎのびる)」に入りました。「雪下出麦」は冬至の末候で、第二十四候(5月31日)の「麦秋至(むぎのときいたる)」と対になる一候です。
年末には青々と
初夏に収穫を迎える麦は、稲とはまったく真逆で、秋に種を撒き、冬にはもう芽を出しています。そのため麦は「年越草(とこしえぐさ)」とも呼ばれ、「麦の芽」や「芽麦(めむぎ)」は、初冬の季語になっています。
麦の芽は、年末になるともう青々としてきます。冬枯れの中、遠くまで続く畝の長い緑は、今年も大地が暦通りに動いている、と確認できる光景でもあり、目を細めて眺めるような春への希望を感じたことでしょう。
麦は冬の間に「麦踏み」をします。近年はローラーなどの機械を使って行われていますが、昔は足で踏んでいました。極寒の時期に行うので、大変な作業だったようです。
麦踏みは、霜柱で浮き上がる土を抑えることで丈夫な根を張らせたり、最初の芽に圧をかけたりすることで分蘖(ぶんけつ)を促す作業で、これによって麦はしっかり株分けされて太くなり、収穫量も多くなります。特に日本の麦は収穫期の雨や風で倒れやすくなるため、背丈を抑える必要があり、麦踏みの風習は日本独自の農法だそうです。
豊作を祈念する「麦褒め」の風習
また昔は「麦褒め」の風習もありました。正月二十日(現在の2月頃)を「麦正月」といって、麦飯や麦団子をお腹いっぱい食べてから麦畑に出ていって、麦に声をかけ、麦を褒めながら歩き回ります。「麦よし」ともいい、お腹いっぱい食べてから、未来へのイメージをふくらませ、豊作を祈念する予祝的な行事だったようです。麦がよく育つよう、励まして歩くというのは面白い風習で、本当に効果があるのではないかとおもいます。
私の知り合いの米農家さんは、毎日、田んぼの畦を歩いて「田んぼの声を聴く」といいます。田んぼに佇んでいると、稲がどうしてほしいのか、何を欲しがっているのかが、わかるのだそうです。そして稲の方もちゃんと人の足音や話し声を聞いているんだよ、とおっしゃっていました。作物を上手に育てる人はみな、この感性を持っているわけですが、まるで子どもを育てるように作物を育てます。
こうした麦にまつわる話は、人間の子育てにも例えられることがあります。小さい頃にしっかりと手をかけ、厳しくも愛情を持って育てられた子どもは大人になってもへこたれず、たとえ苦労があっても、その経験を糧にしていける強い人間になりますが、甘やかして過保護に育ててしまうと、大人になったときに打たれ弱い人間になってしまいます。
麦には「彼岸過ぎての馬鹿肥やし」ということわざもあり、麦は最初にしっかり手をかけることが肝心で、大きくなってから慌てて肥料をやってもなんの効果もない、という意味です。麦の芽は彼岸をすぎると、急速に伸び始めます。
その頃には麦の力を信じて、あれこれいじらない方がよい、というわけです。これもまた人間と同じで、最初にしっかり手をかけたら、そのあとは余計な口出しをせずに自立させることにも通じます。
厳しい寒さを乗り越えていく麦の芽。そして爽やかな夏の風にサワサワと揺れる麦の穂。前回も書きましたが、映画『麦秋』のように、麦は労苦を経験したからこその人生の実りとも重ねられているようです。
文責・高月美樹
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