七十二候は「雀始巣(すずめはじめてすくう)」を迎えました。
小鳥たちのさえずりがいちだんと美しくなる季節です。いちばんわかりやすいのはシジュウカラの「ツツピー、ツツピー、ツツピー」という高いさえずりですが、メジロも複雑で長いメロディで歌い出し、ウグイスの「ホーホケキョ」もだいぶ上手になっています。この一候はスズメに限らず、小鳥たちがいよいよ繁殖期に入るめやすと考えていただければとおもいます。
スズメは人の近くに棲む身近な鳥。アフリカから全世界に広がり、人と暮らすために茶色と黒の地味な色に変化していったと考えられています。雀の巣の材料はイネ科の草で、食べているのもイネ科の雑草の種。雑草駆除にもひと役買っています。
雀の婚活
春のスズメが集まって、どうもにぎやかだなあというときは、集団お見合いの婚活バトルをしているときがあります。気に入ったメスをオスが追いかけ回したり、いやだと断ったり、オス同士が喧嘩したり、加勢して誰かを応援したり、ニーニー、ジャージャー、グジュグジュと騒がしくしています。場合によってはこの婚活合戦で、群れのリーダーが決まることもあるそうです。
雀の巣立ち
スズメは相手が決まると群れを離れ、協力して巣作りに励みます。雀の抱卵は十日間ほど。孵化してからは2週間ほどで、巣立ちを迎えます。
スズメの巣立ちはとてもにぎやかです。ある時、わが家の天井から聞こえていたヒナたちの声が突然、大きく、にぎやかになりました。何事かと思うほど、わあわあと大騒ぎしながら、ドン、ズズズーッと一羽ずつ屋根をすべり台のようにすべっていく音がして、思わず笑ってしまいました。
まるで運動会のように、親は「がんばれ!」「飛んで!」となにやら一生懸命に声をかけ、子スズメたちも口々にわあわあと叫びながら、とてもにぎやかに巣立っていきました。屋根をズズズーッとすべっていく音がする度に、だんだんと声の数が少なくなり、最後にはシーンと静かになりました。これは私にとってなんとも楽しく、愉快な思い出になっています。
同じ経験をした平安の歌人の歌です。
その後も何度か、近所の家から聞こえるにぎやかしい声で、スズメの巣に気づいたことがあります。ヒナたちの餌を求める声が日増しに大きくなり、順調に育っているなあと思っていると、ある日、シーンと静かになっています。あっけない寂しさとともに、無事に巣立ったのだという安堵感も感じるうれしい瞬間です。
ところでスズメは1日にひとつずつしか卵を生めませんので、当然のことながら育ちに遅速がありますが、育ちの早い子も遅い子も、必ず同じ日に出ていきます。親鳥はまだ飛ぶこともおぼつかないヒナたちとつねに一緒に行動し、餌の取り方を教えていくために、どうしても同じ日に巣立たせる必要があるのでしょう。先に生まれた兄弟たちと一緒に飛び立つ末っ子にとっては、なかなか過酷なスタートですが、運命の神様が見守っています。
子雀の鳴き声
巣立った子スズメたちはまだ移動できる距離も短く、草むらや植え込みの中に隠れて、いつも必死で親を呼んでいます。大人のスズメの鳴き声はよく澄んだ「チュン、チュン」ですが、小雀は「ジュン、ジュン」と濁ったような声です。
この甘えているような少し濁った鳴き声を聞き分けられるようになると、子スズメの居場所は簡単に見つけられるようになります。声のする方をみると、親鳥がまだ自力で餌をとれないヒナたちに口移しで餌をやっている様子がみられます。
見えなくても、ここに隠れているんだな、とわかるようになり、声を聴いているだけでも楽しいもの。春いちばんのスズメが巣立ったあと、初夏生まれの二番子、場合によっては夏生まれの三番子たちもいますので、「ジュン、ジュン」と親を呼ぶ子スズメの声は、8月くらいまで聴こえています。
スズメは雑食性で、雑草の種や木の実、青虫、バッタ、クモ、ミミズなどの虫、ハコベなど草の若葉、パン屑、そして花の蜜も好き。このたくましい雑食性ゆえに、スズメは世界中で生き延びてきました。親スズメたちは巣立ってからも一緒に移動しながらさまざまな餌を与え続け、いろんな餌の摂り方を覚えさせていきます。
桜の盗蜜
桜の季節に、花房をもぎとるように地面に落としているのは大抵、スズメです。種を主食とするスズメのくちばしは太く、メジロのように上手に蜜を吸えないので、花の裏のつけ根をつついて穴をあける「盗蜜(とうみつ)」と呼ばれる方法で、花を食いちぎります。お花見の頃、シートにたくさん落ちている桜の花をみると、どれくらい雀たちが喜んでつついたかがわかります。桜の木は虫も豊富で、鳥たちには大人気です。春は人も鳥も桜に集います。
親雀、子雀
成鳥したスズメはとても敏捷で、人の気配を感じるとすぐに逃げますが、子スズメは大丈夫かな、と心配になってしまうほど不用心です。親が離れてしまうと、おぼつかない様子で、ポツンと目立つところにいたりします。そこがまた愛らしく、多くの俳人が句を詠んでいます。
子スズメの見分け方は、ずんぐりと丸っこく、頬の黒斑がないこと。くちばしの縁が黄色いこと。羽の模様も褐色で、ぼんやりしています。成鳥したスズメは頬の黒斑がはっきりとあり、くちばしも太く、黒くなっています。
子スズメは丸々として太ってみえますが、親スズメは首が細く、子スズメよりかなり痩せているようにみえます。子スズメにせっせと餌を与えるため、実際に親の方は痩せてしまうのだそうです。つねに注意をはらって子雀を守り、教え、励ます親の姿には、毎年のことながら胸を打たれます。
ところで以前、ベランダのお皿に古米を出していたことがあり、スズメたちがよく来ていました。スズメは家族や仲間などの群れで行動しますので、移動するときはリーダーが「ピヨッ」と鳴いて、「行くよ!」と告げるのですが、ある日、グループの中でいちばん小さな子雀が動けなくなってしまいました。
親鳥だけが残って、何度も励ますのですが、どうしても飛びません。親鳥も諦めてどこかへ去ってしまい、子スズメは物干し竿につかまって目を瞑り、こっくりこっくり、眠っていました。1時間ほどして、お母さんが戻ってくると、体力が回復したのか、「ピヨッ」という掛け声に応じて、一緒に飛んでいきました。こんなふうに子スズメは置いていかれることもあるようです。小さいうちはまだ大人のスズメたちと群れで行動するのは、なかなか大変なのでしょう。
雀隠れ
今朝見れば
雀がくれに
はやなりにけり 新撰六帖和歌
早春に萌え出した小草(おぐさ)の芽が伸びて、雀が隠れるほどの高さになることを「雀隠れ」といいます。雀たちが巣立ちを迎えるころ、大地のくさぐさは青々としてほどよい背丈になり、小雀たちが隠れやすい場所がたくさんできています。
雀の帷子
「雀隠れ」の代表的な雑草といえば、このスズメノカタビラ(雀の帷子)。イネ科の雑草の中でもいちばん背が低く、ふさふさと可愛らしい草。どこでも見かけるおなじみの雑草ですが、私は子供の頃から、なんとなくこの楚々とした草が好きです。白っぽく見えているのは花。帷子は生絹(すずし)や麻布で仕立てたひとえの着物や、几帳(きちょう)にかける薄い布のことをさしますので、昔の人はこの白っぽく地味な花を、涼しげな布に見立てたようです。
他にもスズメノヤリ(雀の槍)、スズメノテッポウ(雀の鉄砲)、スズメノエンドウ(雀野豌豆)など、スズメの名をもつ植物はたくさんありますが、いずれも背が低く、小さなものを意味しています。
雀の減少
春に巣立った子スズメが秋まで生き延びる確率は50%くらい、冬を越して春を迎えられるのはさらに半分の25%くらいだそうです。スズメの減少はミツバチと同様、世界中で起きています。
スズメは森の中には棲息せず、人里を好む都会の鳥ですが、日本に生息する雀の数はここ20年間で 80% も減少したといわれています。その原因には営巣に適した木造建築の減少や、自然環境の悪化があげられています。
スズメの巣は戸袋や瓦屋根の下など、建造物のわずかな隙き間が適しているのですが、昔ながらの和風建築が少なくなったことに加え、天敵から身を守れるような樹木、低木や藪の減少、巣材となるイネ科の雑草の減少、主食となる種や虫の減少など、複合的な原因が考えられています。スズメは畑や庭の雑草の種や、アブラムシをせっせと食べてくれる益鳥でもあります。
稲を食べる害鳥とされてきたのは、都会のスズメとは別種のニュウナイスズメですが、かつて中国でこのスズメを徹底的に撲滅する政策をとった結果、作物の害虫が大量に発生し、大凶作となったことがあります。ニュウナイスズメは稲も食べますが、バッタなど稲の害虫も食べてくれていたからです。すべては連鎖の中にあって、均衡が保たれているのですね。
現代の雀のお宿
いつも変わらず、たくさんいるように見えているスズメですが、数十年後には滅多に見れない鳥になってしまうかもしれません。これからの時代は、気づいたらいなくなっていたと手遅れになる前に、スズメが存続できる要因を人間がよく考え、自分たちの環境を考え直す必要に迫られています。一本の樹木があるだけで、スズメたちの隠れ場所や貴重な餌場となるかもしれません。
営巣に適した「雀のお宿」は案外、身近なもので簡単にできます。たとえばこの巣は、冬の間使っていなかったベランダのプランターの中。春になってプランターあけたら、すでに子育て中。もちろんそっと蓋をして、巣立つのを楽しみに見守ったそうです。
こちらはガス排気口の上の防護ネットの中。毎年、網のすき間をくぐり抜けて出入りしているそうです。これならカラスにも襲われず、一石二鳥ですね。
こんなふうに木造建築の家でなくても、プランター、バケツ、バスケットなど身近にあるもので「雀のお宿」を作ってあげることは、簡単にできそうです。場所は人の背よりも高いところ、2階のベランダなどがいいそうです。
文責・高月美樹
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