気温がぐんぐんと上がり、日毎に木々が青々と茂り、景色はすでに夏の様相に近づいてきました。
葦牙
七十二候では「葦始生(あしはじめてしょうず)」を迎えました。
水辺の葦が芽吹き始め、ツンツンとした細い筍のような芽が水面に突き出します。季語では「葦牙(あしかび)」、「葦の角(あしのつの)」が晩春の季語です。
とくに「葦牙」の起源はとても古く、『古事記』の創世神話に登場します。日本の古名は「豊葦原の瑞穂の国」ともいわれるように、葦は水辺の多い日本を代表する草であり、葦原は豊かな国土の象徴とされてきました。
『古事記』は「天地(あまつち)のはじめのとき」で始まりますが、葦牙は最初の三神のすぐあとに登場します。
青人草
泥の中から突き出てくる葦の芽は、まだ国土が固まっていない泥のような状態のときに、この世に誕生した人類創生の姿に重ねられてきました。古代の人々には、人間も草も同じであるという考えがしっかりとあったようです。
人民や国民のことを「青人草(あおひとぐさ)」といいますが、人間はこの地上に萌え出た民草(たみぐさ)です。人間は自分たちだけが何か特別な生き物と思いがちですが、自分自身も地上に生まれた自然の一部にすぎないことを感じながら、自然そのもののような生き方をすることがいちばんなのではないかと私は思っています。『古事記』にはこう書かれています。
イザナミが逃れるのを助けてくれた桃にむかって、葦原の中つ国、つまり高天原と黄泉の国の中間にあるこの地上世界にいる人間たちが思い患い、苦しむとき、これからも助けてほしいとお願いするシーンです。
人間は「考える葦」であるといったのはフランスの思想家パスカルでした。「人間とは一本の葦であり、自然の中でもっとも弱いものである。だが、それは考える葦である。」
不思議なことに西洋でも葦は人間や、人間の弱さにたとえられ、弱いからこその勇気や生きていくための知恵を伝えています。旧約聖書にも「傷ついた葦」という言葉が出てきます。
「彼は傷ついた葦を折らず、くすぶる灯心を消さない」という一節です。どんなに傷ついていても、苦しくても、消えそうな灯をもう一度燃え立たせ、人間としての尊厳をとりもどしてほしい、というような意味に私は解釈しています。
命のゆりかごとしての葦
葦は日毎の変化が目にみえるほどぐんぐんと伸びて大群落を作り、秋には数メートルの高さになって風に揺れます。葦は1本ではたしかに細く弱いものですが、地下茎でしっかりつながって互いを支え合っています。そして風が吹くと簡単にしなって倒れてしまいますが、どんなに倒れても完全に折れることはなく、また元のようにすっくりと立ち上がります。そんなところが人の姿に重ねられ、惹きつけられてきたのかもしれません。
実際の葦は汚れた水を浄化する力がとても強く、水質浄化のためにも必要な植物です。たくさんの鳥やカヤネズミなどの小動物たちが営巣し、ツバメをはじめとする多くの渡り鳥たちにとっても、葦原はなくてはならないねぐらです。また水中でも葭は多くの生き物を育て、養う命のゆりかごになっています。
大葦切(オオヨシキリ)
たとえば、オオヨシキリ(大葦切)は4月以降、日本各地にやってくる夏鳥で、名前の通り、葦原のある河川敷に営巣します。「ギョギョギョ」とか「ギョシギョシギョシ」とけたたましく鳴くので、季語では行行子、仰々子(ギョウギョウシ)といいます。
オオヨシキリはツバメと同様、オスの方が早く到着し、メスは1週間ほど遅れてやってきます。オスのさえずりは後からやってくるメスへのアピールのため。つがいになるとすぐに営巣に入りますが、その後もなわばり宣言のため、夏の間、激しく鳴き続けます。
ウグイス科の鳥なので、とても警戒心が強く、なかなか姿はみせませんが、葦の中からけたたましく鳴く声だけが聞こえていることが多く、オオヨシキリのさえずりの始まりは夏のしるしでもあります。
大きな川は静かに流れ、行行子だけが激しく鳴いている、と詠んだ一茶の句です。情景が目に浮かびますね。
オオヨシキリは伸び始めた葦を支柱にして器用にお椀型の巣を作りますが、カッコウに托卵されることが多いことで知られています。オオヨシキリは卵がすり替えられていることに気づかず、自分より大きなカッコウのヒナを必死で育てて、最後まで親の務めを果たします。
水草生ふ
葦を間近にみる機会はあまりないかもしれませんが、七十二候の「葭始生(あしはじめてしょうず)」は水辺の植物が一気に成長を始める時、と大きくとらえていただければとおもいます。お近くに池や川はありませんか? 「水草生(お)ふ」という季語もあるように、一気に勢いを増していく水辺の変化に、晩春のにぎわいを見ることができる季節です。水中の藻類や水草もみるみるうちに成長してきます。足をとめ、しばらく眺めるうちに、そのにぎやかさに気づいたりします。
うちの近所の池ではカルガモの雛が誕生しています。カルガモにとっても水辺の草は雛たちを守る優しいベッド、そして水中の水草は彼らの大事な食料でもあります。
4月24日は植物学の日
牧野富太郎が柳の木の下で用水池をぼんやり眺めていたときに発見した一属一種の水生植物があります。その名は狢藻(ムジナモ)。アナグマのしっぽに似ていることから命名された水中植物で、水底に沈んで越冬し、春には浮かんできてミジンコを捕食するという食虫植物で、現在は世界的に絶滅危惧種になっています。
ところで、4月24日は植物学の父、牧野富太郎の生誕日として「植物学の日」に制定されています。日本固有種のヤマトグサや、明治以降に広まった外来種のオオイヌノフグリなど、命名した植物の数は1500種にのぼります。日本の植物の数は約7000 種。固有種は2900種。
富太郎は小学校を中退してひたすら野山の植物を友とし、独学で植物の第一人者となりました。ハキダメギク(掃き溜め菊)は世田谷のゴミ捨て場で発見したことに由来します。
自らを「草木の精」とした富太郎の愛した言葉は、
また4月24日は牧野富太郎の生誕日であると同時に、「昆虫翁」と呼ばれた名和靖(なわやすし)が明治16年にギフチョウを発見、命名した日でもあります。日本の「草木の精」と「昆虫翁」に因んで、身近な動植物にちょっと目をとめ、佇んで、観察してみてください。
文責・高月美樹
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