こんにちは。料理人の庄本彩美です。
今回は春告魚と呼ばれる鰆(さわら)のお話です。
商店街のスーパーに行くまでの道の途中に、その店はぽつんとある。
お母さんと息子さんが2人で切り盛りしている小さな魚屋。
一見、普通のまちの魚屋だが、私にとってはちょっと特別な存在なのだ。
この辺りが繁華街だったことを思い起こさせる、大きな魚用のショーケースには、息子さんが朝市場で仕入れてきた魚と、お母さん特製のお惣菜が半分ずつ小綺麗に並べられている。
量も種類も少ないが、どの魚も新鮮なのがよく分かる。一度店内に入ってしまったら一巻の終わりで、あれが美味しそう、これも良いかもと財布の紐が緩むので気が抜けない。
その日も私は、いつものように外からチラ見しつつ、その店を通り過ぎようとしていた。しかし、あるものを見つけてしまった。
「あっ、春だ!」と心の中で叫び、足を止めた。店の中を覗き込むと、そこには鰆が並んでいた。
今は季節を問わずスーパーで手に入れられる鰆。
しかし、この店に置いてある鰆は、これまで私が見てきたものと明らかに違う。
狭い腹にちなんで「さはら」と呼ばれるほど、ほっそりした身のはずなのにこんなに大きかったっけ?というような大ぶりな身。赤ちゃんのほっぺたのようだ。キラキラとした銀色の皮も美しい。
惚れ惚れとしばらく眺めた後、お母さんから切り身を一つ買って、スーパーで白味噌を買い足し家へ戻った。
「今夜には食べたいし、早めに漬けておこうか」
エプロンをして台所に立った。
まな板の上で切られた鰆は、半分になっても威厳があった。塩を軽く降ると、汗をかくように水分が出てくる。
白味噌を酒とみりんで伸ばして味噌床を作り、水分を拭いた鰆を絡め、ラップをして冷蔵庫へ閉まった。
夜御飯どきになったので、味噌を流水で流し、オーブンで10分も待てば、西京焼きの出来上がり。
上品なメニューの割に、こんなに下ごしらえと調理が簡単な料理はあるだろうか。漬けておけば日持ちする上に、味噌床も数回使えるので本当に優秀だ。
ふっくらと焼きあがった身を箸に取り、口の中に含むとほろりとろけた。
青魚とは思えない淡白な味だが、白味噌の旨味と甘みが鰆の味を最大限に引き出している。
味噌と魚を合わせようと思った人は天才なんじゃないかと唸ってしまった。
あの店で鰆が並び始めると、いよいよ一年で一番忙しい花見弁当の季節がやってくる。
冷めても美味しい鰆はお弁当にもぴったり。西京焼きはもちろん、今ならまだ柚子があるから柚香焼きでもいいかもしれない。春爛漫のころには、木の芽焼きで。
お客さんが蓋を開けた時に「春だなあ!」と思ってもらえるようなお弁当を作ろう。
小さいけれど、本当に美味しい旬のものが置いてあるあの店は、私にとって季節を告げてくれる魚屋だ。
庄本彩美
料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。
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