漬物男子の田中友規と申します。
今日は小松菜のお話です。
冬の葉物野菜の中でも、値段も手頃で身近な存在な小松菜。
茎の歯ごたえが心地よく、くせがないので食べやすい庶民的な野菜の代表格。
ぼくが気に入っている小松菜の食べ方はいたってシンプル。
5mmくらいに刻んだ小松菜に塩を全体にまぶし、マッチ箱くらいのサイズの昆布と、唐辛子を一本。柚子皮はその日の気分で加えます。
冬になるといつもたっぷりと漬け込む我が家の定番です。
漬け込んで一週間くらいで独特の苦味が抜け、しみじみと青菜の美味しさを感じさせてくれるお漬物になります。野沢菜とも大根葉とも違う、一歩引いた名脇役こそが小松菜です。
ところが、小松菜とお揚げの味噌汁、小松菜とジャコ炒め、他には・・・と考えたところ、意外にも小松菜を使った料理が思いつかない。こんなに身近な野菜にも関わらず「小松菜でなくっちゃ」と思える料理がないなんていままで考えたことがなかったのです。

そんな奥ゆかしい小松菜は、これだけ市民権を得ているにも関わらず、その名前の由来もあまり知られていません。
調べてみると東京江戸川区の旧西小松川村が発祥で、言い伝えよれば、八代将軍徳川吉宗が鷹狩りの際に立ち寄った神社で、神主が餅の澄まし汁に青菜をあしらってもてなし、
その美味しさに驚いた将軍は「地名にちなんで小松菜とするとよい」とその名を付けたと言われています。
ふぅん、将軍が質素な青菜に感動ねぇ・・・
食に関して疑り深いぼくは、すんなりとは腑に落ちません。
あらゆる贅沢を知っているであろう将軍が、質素な澄まし汁に心を動かされたのはなぜだったのでしょう。
生類憐れみの令により鷹狩りが禁止されていた綱吉、家綱の時代が終わり、新たに将軍となった吉宗は、すぐに鷹狩りを復活させました。
鷹狩りといえば、日本書紀にもその記録が残されているように帝や貴族だけが許された特権。
古来より君主の権威を見せる儀式であり、権威の復活と家臣への奨励の思いを込めて政治的なパフォーマンスとしての役割を担っていたようです。
また枯れ葉が落ち、獲物を見つけやすい真冬に重装備で行われ、健康を維持するための鍛錬法としても考えられていました。

将軍としての心理的な重圧、そして凍てつく風吹く真冬の野原を駆けた疲労感も相まって、餅の甘み、温かい出汁、そしてほのかな苦味の小松菜という庶民の味に、思わず心が解ける思いだったのかもしれません。
そんな小松菜にまつわる史実と空想に浸っていたら、思わず吉宗の気持ちを味わってみたくなりました。
翌日の、まだうっすらと青みがかった朝6時ごろ、布団の暖かさに後ろ髪を引かれつつも台所へ向かいます。
くつくつと小鍋に炊いた七分粥、そして塩漬けした刻み小松菜を木椀に盛り、湯気の立つ匙をふぅふぅと冷ましながら口に運びます。

静かな朝に、小松菜はシャキシャキと霜を踏むような音を響かせます。
じんわりとお腹が温まるのを感じながら、あぁこういうことか、と。吉宗同様、やはりぼくの心も解けていくのです。
こんなに穏やかな気分にさせてくれる漬物はやっぱり小松菜でなくっちゃ。
いまでは年中食べられるようになった小松菜ですが、やっぱり寒い季節がよく似合う、そう思った朝なのでした。

田中友規
料理家・漬物男子
東京都出身、京都府在住。真夏のシンガポールをこよなく愛する料理研究家でありデザイナー。保存食に魅了され、漬物専用ポットPicklestoneを自ら開発してしまった「漬物男子」で世界中のお漬物を食べ歩きながら、日々料理とのペアリングを研究中。
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