こんにちは。俳人の森乃おとです。
春の森の中で、つかの間出会うことができる幻想的な花。それがカタクリです。下向きに花をつけ、うつむき加減に風に揺れている姿に、人々は春の情緒を重ね合わせてきました。
落葉広葉樹林の地表に咲く、「スプリング・エフェメラル」と呼ばれる一群の花があります。早春に葉を出してすぐに花を咲かせ、夏には枯れて姿を消してしまう植物です。エフェメラルとは「はかない存在」という意味で、「春の妖精」と訳されます。
「春の妖精」の代表的な存在はカタクリです。ほかにもイチリンソウ、ニリンソウ、ショウジョウバカマなど、どれもみな可憐な花ばかりです。
カタクリは3月から4月にかけ、1枚ないし2枚の大きな葉を地上に出し、10~15㎝ほど花茎を伸ばし、先端に薄紫あるいは桃色の花を1つだけつけます。
花びらは6枚で、天女の羽衣か古代の宮殿の屋根のように、かろやかに反り返っています。大きな群落をつくっていることが多いので、林の下一面に華やかなカーペットが敷かれたように見えます。
カタクリの名前の由来には諸説があります。古代には堅香子(かたかご)と呼ばれていました。花が傾いたカゴのように見えるから「傾籠(かたかご)」で、「カタカゴユリ」がなまったとも。あるいは鱗茎(りんけい)=球根の形がクリの実を半分に割ったような姿をしているため、「片栗」と呼ばれたともいわれます。
もののふの 八十(やそ)乙女らが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子の花
万葉集の中心的歌人の大伴家持が、越中の国司に任ぜられて富山県を訪れた際に詠んだ和歌です。
生命の象徴である泉の周りで、カタクリの花を摘んで遊ぶ乙女たち。滅びゆく古代軍事氏族の長だった貴公子家持は、実際に少女たちに出会ったのではなく、カタクリの群れ咲くさまに、華やかに着飾った宮廷の娘たちの姿を幻で見たのだという解釈が有力です。
私自身も、はじめてカタクリの群落と出会ったとき、あまりにも非現実的な美しさに呆然としたものです。岩手県の姫神山(ひめがみさん)の中腹でのことでした。
カタクリの花には不思議な模様があります。うつむいている花をのぞいてみてください。暗紫色の線で、桜の花にそっくりな模様が描かれています。ただし、その花びらは5枚ではなく、カタクリと同じく6枚です。
この花模様は、「蜜標(みつひょう)」といいます。カタクリは、花粉を媒介してくれる昆虫がまだ少ない早春に花をつけます。「蜜標」はおいしい蜜があることを昆虫に知らせ、確実に誘い込むための目印なのです。
カタクリの花言葉は「初恋」「嫉妬」「寂しさに耐える」。
カタクリは、初夏には葉を枯らし地下で休眠します。光合成できる期間が2カ月ほどと短いため、成長には時間が必要です。最初の花をつけるのに7年はかかるといわれ、寿命が50年を超えることもあると推測されています。
ところで、カタクリを見たことがない人でも、片栗粉はご存知のはず。カタクリの鱗茎(りんけい)からは非常に上質のデンプンがとれます。明治時代以前はカタクリからとった本物の片栗粉が使われていました。今では名前を残すだけで、ほぼ100%ジャガイモかサツマイモが原料です。
カタクリは近年数を減らしてきましたが、現在、各地で群生地の保護活動が熱心に行なわれています。
カタクリ 片栗
学名 Erythronium japonicum
英名 Katakuri (Dogtooth violet)
ユリ科カタクリ属の多年草。開花期は3~5月。山地の湿った林床(りんしょう)などに群生する。花の色は淡い赤紫。花茎の先に一輪、下向きに花をつける。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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